警察・検察は無謬でない――だからこそ求められる説明責任


 既に周知に属することだろうが、冤罪事件で無実の受刑者が釈放されることが決まったようなので、ここに記して記憶にとどめることにする。まずは朝日新聞の記事の引用から。

足利事件・菅家受刑者釈放へ 検察、再鑑定受け入れ方針
2009年6月4日10時33分


(写真の転載はしないが、付されている言葉には意味があるので、言葉のみ転載しておくことにする・・・vox_populi)
写真:菅家利和受刑者は朝日新聞記者にあてた手紙でも無実を訴えていた菅家利和受刑者は朝日新聞記者にあてた手紙でも無実を訴えていた


写真:90年5月に発生した足利事件で、当時4歳だった女児が遺棄された現場。菅家受刑者は91年12月に逮捕された=足利市岩井町


 90年に栃木県足利市で当時4歳の女児が殺害された事件で無期懲役が確定した菅家利和受刑者(62)の再審請求で、東京高検は4日、女児の衣服に残った体液のDNA型が菅家受刑者の型と不一致だったとする再鑑定結果を検察側が受け入れる方針を明らかにした。菅家受刑者の再審が始まるのはほぼ確定的だ。検察側はあわせて、菅家受刑者について刑の執行を停止する異例の方針を固めた模様だ。


 00年の最高裁判決の確定以後9年ぶりに、千葉刑務所から釈放されることになる。

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 警察・検察が間違えることがあるのはこれに限った話では無論ないが、しかし今回くらいはっきり警察・検察の誤りが世間に示されたこともないだろう。警察・検察は無謬でない。このことを我々は肝に銘じる必要がある。


 今回の捜査に関しては、やはりどのようにして自白が強要されたかが重要な点であり、この点が明らかにされなければならない。さもなければ、冤罪の再発は防げないだろうと思われる。


 そしてこの足利事件に限らず、冤罪の可能性が極めて高い事件は他にもまだまだある。思いつく限りで挙げても、高知県の白バイ隊員の事故死の事件、いわゆる御殿場事件袴田事件などがある。


 この点から見ても政権交代は必要であると主張すると、奇異に聞こえるだろうか。しかし決してそうではない。なぜなら民主党は、政権をとった暁には情報公開を一層推進することを約束しているからであり、そして、冤罪の発生を防ぐために必要なこととは、まさに情報公開(言い換えれば、権力の側の説明責任)だからである。民主党は必ず政権交代を実現し、そして必ず初志のとおりに情報公開をより徹底し、今の権力の側の様々な問題を剔抉してほしいと期待する。