政党ビラ配布事件、有罪判決の異常さ


 日本社会はおかしい、どこか狂っていると思わせられることが多い昨今だが、またしても、である。たかが政党(より正確には共産党)のビラを集合住宅に配布したぐらいで人が有罪にされることなどあってよいのだろうか。東京高裁の有罪判決を報じた毎日新聞の記事を以下に引用する。また、判決要旨(毎日新聞)を末尾に掲げておくことにする。

政党ビラ配布事件:東京高裁、逆転有罪 表現の自由「無制限でない」


 共産党のビラを配布するため東京都葛飾区のマンションに立ち入ったとして住居侵入罪に問われた僧侶、荒川庸生(ようせい)被告(60)の控訴審で、東京高裁は11日、1審の無罪判決を破棄し罰金5万円の有罪判決を言い渡した。池田修裁判長は「住民は住居の平穏を守るため部外者の立ち入りを禁止できる。許可のない立ち入りは相当性を欠く」と指摘した。弁護側は即日上告した。(29面に判決要旨)


 判決は「ビラ配布を含めた部外者の立ち入り禁止は、マンション管理組合の理事会で決定され、住民の総意に沿うものだった」としたうえで「被告は立ち入りが許容されていないことを知っており、住居侵入罪が成立する」と判断した。


 弁護側は「ビラ配布の処罰は、憲法が保障する表現の自由に反する」と主張。判決は「目的自体に不当な点はない」としながら「表現の自由は絶対無制限に保障されるものではなく、他人の財産権を不当に害することは許されない」と退けた。


 判決によると、荒川被告は04年12月23日、葛飾区の7階建てマンションに入り、共産党の「都議会報告」などのビラを3〜7階27戸のドアポストに入れた。東京地裁は06年8月、「ビラ配布目的だけであれば、共用部分への立ち入り行為を刑事罰の対象とする社会通念は確立していない」として住居侵入罪の成立を否定し、無罪(求刑・罰金10万円)を言い渡した。【銭場裕司】


 ◇「最高裁まで戦う」−−荒川被告
 「表現の自由を守るため最高裁まで戦い抜く」。マンションへの政党ビラ配布事件で、東京高裁が11日に言い渡した逆転有罪判決。僧侶の荒川庸生(ようせい)被告(60)は「東京高裁には憲法がなかった」と怒りで身を震わせた。


 1審・東京地裁で無罪を勝ち取ってから1年4カ月。一転して罰金5万円の判決を受けた荒川被告は会見で「私個人にすれば5万円だが、言論・表現の自由に与える被害を考えれば、最高裁できちんと判断させる戦いを続けたい」と述べた。


 ◇弁護団の話
 ポスティングが日常的に行われている実態を無視した不当な判決。言論弾圧を追認している。


 ◇鈴木和宏・東京高検次席検事の話
 法解釈や社会常識に照らし、極めて妥当かつ常識的な判決だ。


 ◇実情無視した判決−−白取祐司・北海道大大学院教授(刑事訴訟法)の話
 今回のマンションは明確な立ち入り禁止の表示がなく、日常的に多数のビラが配布されており、判決は実情を無視した一面的なものだ。表現の自由の重要さも十分検討していない。こうした表現活動を「犯罪」とするのは、言論の自由に大きなダメージを与える。裁判所は権力の行き過ぎをチェックすべきだ。東京高裁は自らの役割を放棄したと言える。


 ◇「住居不可侵」勝る−−渥美東洋京都産業大大学院教授(刑事法)の話
 表現の自由は重要だが、相手側が任意に受け取る前提で成り立つ。他人から干渉を受けない「住居の不可侵」は、憲法が保護する領域で「表現の自由」よりも勝る。住居の不可侵を侵害する行為を処罰するのは適切である。


 伝える側も、街頭で配布するなど、相手側の承諾を得た上で自分たちの主張を訴える方法は他にいくらでもある。


 ■解説
 ◇「居住者の権利」を尊重
 政党ビラ配布事件の東京高裁判決は「住民の許諾なしにマンションに立ち入れば住居侵入罪が成立する」と居住者の権利をより尊重した判断を示し、1審の無罪判決を覆した。


 だが「表現の自由」と「平穏に暮らす権利」がせめぎ合う場面で、どのような調整が図られるべきなのかが決着したわけではない。社会全体で議論を深めることが必要だろう。


 確かに「体感治安の悪化」が指摘される昨今の風潮を考えれば、高裁判決にも一定の説得力はある。その一方で、マンション住民からでさえ「逮捕はやりすぎ」という声は上がっていた。


 司法判断も揺れている。1審は「ビラ配布の目的だけであれば、共用部分への立ち入りを刑事罰の対象とするとの社会通念は確立していない」と、今回とは逆の判断。東京都立川市防衛庁官舎で、自衛隊イラク派遣反対のビラを配った男女3人が同罪に問われたケースでも、1審は無罪、2審は逆転有罪(罰金10万〜20万円、被告側が上告中)だった。


 住民一人一人でも見方が異なる可能性がある。政治的な意見を表明するビラを配っただけで、逮捕され23日間という長期間拘置されることが妥当だったのかという疑問は依然として残る。【銭場裕司】


毎日新聞 2007年12月12日 東京朝刊

 この件にはいろいろな問題が含まれている。まず、住民自身の側でも、このような問題を起こさないためにどうするべきか考える必要があるのではなかろうか。集合住宅に住んでいる人の中には、今回の事件で通報した住民のような輩もいれば、いろいろな情報を受け取るだけは受け取りたいと思う住民もいるのではないだろうか(私自身はどちらかと言えば後者のくちである)。であるなら、集合住宅全体で貼り紙をして「ビラお断り」とやるのは、そもそも住民個人の自由の不当な制限に当たると言わなければならないのではあるまいか。


 では、どうすればそのような問題を解決できるか。これについては、地裁判決の折りに書いた本ブログの過去記事で述べてあるので、そちらを参照されたいが、要するに、ビラ配りの人が法律違反を気にせずに入れる集合スペースを集合住宅の入り口付近に設置することが最良の策だと思われる。今後こういう問題で不当逮捕が繰り返されないために、集合住宅を設計・建設する側自身、或いは(もともと設置されていない場合には)居住者自身がもっと配慮するべきではなかろうか。


 次に、警察が逮捕して起訴、有罪に至った行政・司法のあり方についてはどうか。もちろん、一言で言えば単に全く論外であり、国家はこんなことをすべきでは断じてない。そもそも問題なのは、この種のビラ配りが問題になるのはもっぱら共産党のビラの場合だということである。同様の話を他の政党についてはとんと聞かないのだが、果たして共産党しか配っていないのか。確かに共産党の配布回数が他党に比して多いことはありうる話だが、しかし他の政党が全く配っていないとは思えない。つまり、警察は共産党を狙い打ちしているのではないかという疑念があるのである。


 また、政党ビラでなければ良いのか。政党ビラ以外については、こういう話をやはりとんと聞いたことがないのだが、どうして政党ビラはだめでそれ以外はOKなのか。これもまた不思議な話である。この点から見ても、警察は特定政党つまり共産党を狙い打ちにしているのではないかという疑念が否定できない。


 上記記事の中で法学者のコメントに「伝える側も、街頭で配布するなど、相手側の承諾を得た上で自分たちの主張を訴える方法は他にいくらでもある」とあるが、これは実際にビラを配ってみたことのない書生の妄言と言わざるをえない。社会で何か不当なことがあった場合に自分たちの主張を訴える方法は、そういくつもあるわけではない。街頭で拡声器を使って演説すればうるさいとどなられ、街頭でビラを配っても受け取る人はごくわずかであり、新聞の折込広告をやってみても、広告を見ない人は十把ひとからげに捨ててしまう。メディアでの広告などは馬鹿高いと来ている。とするなら、戸別にビラを配布するのは、ビラ自体に注目してもらうために最も有効な方法(の1つ)なのであり、そのような方法を違法だと今回の判決は言っていることになるのである。法匪とはこの法学者のような輩のことを言うのだろう。


 以下は東京高裁判決の要旨の引用。

政党ビラ配布事件:東京高裁判決(要旨)


 「政党ビラ配布事件」で東京高裁が11日に言い渡した逆転有罪判決(罰金5万円)の要旨は次の通り。


 ■住居侵入罪の成立


 本件マンションの構造、管理・利用状況、張り紙の内容や位置等によれば、玄関内ドアより先は部外者の立ち入りは予定されておらず、各住戸のドアポストヘのビラ配布を目的とする者も立ち入りを予定されていないことは明らかだ。マンションはオートロック方式でなく、管理員を常駐していないが、それらによらない限り部外者の立ち入りを禁止できないというのは、住民らの権利を不当に制約する。


 ビラ配布のための部外者立ち入りを許容していないことを被告が知っていたと認められることなどを考慮すると、被告がビラを配布するために7〜3階の各階などに立ち入った行為は、玄関ホールへの立ち入りを含め住居侵入罪を構成する。


 政治ビラを配布する目的自体に不当な点はない。しかし、住民らは住居の平穏を守るため、政治ビラの配布目的を含め、マンション内に部外者が立ち入ることを禁止できるのであり、本件マンションでは、管理組合の理事会によりそのような決定が行われ、これが住民の総意に沿うものであったと認められる。住民らの許諾を得ることなくマンション内に立ち入り、多くの住戸のドアポストにビラを投函(とうかん)しながら滞留した行為が相当性を欠くことは明らかだ。


 ■表現の自由との関係


 憲法21条1項は、表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく、公共の福祉のために必要かつ合理的な制限を是認するもので、たとえ思想を外部に発表するための手段であっても、他人の財産権等を不当に害することは許されない。


 マンション共用部分といえども私人の財産権等の及ぶ領域であり、住民らはその意思に反する立ち入りを受忍すべき地位にはないのであるから、住民の許諾なしにマンションに侵入した本件の行為について、住居侵入罪で処罰しても憲法に違反するものではない。


 なお、このように解しても(1)ドアポストヘの投函以外の方法によってビラを配布することは可能(2)個別の住民の許諾を得た上でドアポストにビラを投函することは禁止されていない(3)住民らが管理組合の決議等を通じてビラ配布のための立ち入り規制を緩和することができないわけでもない−−ことなどから、マンション住民の情報受領権や知る権利を不当に侵害しているわけでもない。


毎日新聞 2007年12月12日 東京朝刊