今の日本社会のおかしさ


 という題で書くといっても、別に明快な分析を持っているわけではない。ただ最近、例えば電車に乗ると、或いは乗ろうとしてホームで待っていると、「当社はテロに対する警戒を強化しております」などといったたぐいの表示をよく見かける。これはいったい何なのかと思わせられるのである。まさか、あのバカ鳩山法相のアルカイダ発言を真に受けているわけではあるまい。背景には、テロ対策に対して補助金がつくといったたぐいの話があるのだろうと思われるが(街中で自動車や自転車にテロ対策云々と書いたステッカーを貼っているのもそのたぐいの話だろう)、それにしても、である。


 去る11月20日からは、日本にやってくる外国人をひとしなみに犯罪者予備軍とみなす制度が開始された。関連記事を末尾に引用しておくことにする。日本社会の管理社会化を示す出来事としてはこれ以上ないぐらいの、すなわち第一級の憂うべき出来事であるはずだが、外国人だけを対象としているためか、日本の中では抗議の声があまり聞かれない。実に異常である。これが早晩日本人に及ぶであろうことは容易に想像がつくし、そうでないとしても、想像力を少しでも働かせるなら、これがいかにひどい話であるかは明々白々だろう。なのに、なぜ批判の声があまり上がらないのか。


 他のメディアと異なりアサヒ・コムが意識的に人身事故のニュースを取り上げ報じていることに最近気がつき、その手の記事を注意して見るようにしている。その種の事故ではもちろん原因が明らかだとは言え、電車の運行がストップするのが、たいていは1時間程度のようだが、中には20分程度で運転再開となるケースもあるようである。この場合、事故の処理がほとんど事務的・機械的に行なわれているのではないかと想像されるが、恐ろしい話である。そもそも、人身事故のニュースが流れること自体、恐ろしくかつ痛ましいことだが、そういうニュースを聞く側の感覚が鈍化・鈍磨すること、そのことはもっと恐ろしい。


 そもそも事件や事故のニュースの価値は、その個別事件について知ることもさることながら、むしろそれだけでなく、その事件や事故から窺われる社会の歪みについて思いを致させる点にあると私は思っている。今の日本社会では、その「思いを致させられるべき」当の人間の想像力が、あまりに貧困になっているのではあるまいか。その背景として、なるべく他人とはかかわりたくないというような思いが人々の中に強くあるのだろうということが推測されるが、ここまで来るとそのような思いはむしろ有害ですらあるのではなかろうか。


 以下は記事の引用。


入国審査:来日外国人の指紋採取スタート 「仕方ない」「なぜ」交錯 退去者ゼロ

◇23空港・5港で


 16歳未満や特別永住者らを除く来日外国人から指紋・顔写真採取を義務付ける新しい入国審査制度が20日、全国の空港と港で始まった。テロや不法入国防止が目的だが、外国人の人権制約に対し反発も予想される。入国時に一律に指紋を採取するのは04年に米国が導入して以来、世界で2番目となる。【坂本高志】


 指紋などの生体情報の採取を柱とする改正入管法は昨年5月、成立。法相がテロリストと認定した者の強制退去規定もある。電磁的に採取した両人さし指の指紋などは、その場で指名手配者の情報(約1万4000件)や過去の強制退去者の指紋(約80万件)の「要注意リスト」と照合する。


 また、生体情報は法務省入国管理局がコンピューターで管理し、捜査当局からの照会があれば犯罪捜査にも利用される。政府は例年の入国者数から、毎年600万〜700万人分の情報が蓄積されるとみている。日本弁護士連合会や外国人団体などは指紋採取に反対し「採取したとしても照合を完了した時点で消去すべきだ」と主張している。


 この日、航空機や船舶が入ってくるのは23の空港と5港。午前9時現在、採取を拒否して国外退去を命じられた外国人や、要注意リストと一致したのはゼロだった。また、日本人が指紋を登録すれば、迅速に成田空港から出入国できる「自動化ゲート」の受け付けも始まった。


 ◇機械不調、1時間半かかった人も


 航空旅客の6割近くを占める成田空港にはこの日、午前6時過ぎに最初の便が到着。各国からの観光客やビジネスマンらが審査ブースに降り立ち、指紋の採取や顔写真の撮影に応じた。


 パキスタンのアハマド・シャキルさん(43)は「日本では初めての試みなので、審査する側も不慣れなのでしょう。少し時間がかかっても安全のためなら仕方ない」と理解を示した。一方、カナダのルーシー・キャッセさん(61)は「治安のためかもしれないが、指紋を採られると人権の問題も感じる。早く入国したいのに待つのにうんざりした」と顔をしかめた。


 指紋と顔写真を電磁的に読み取る装置は、全国の空港や海港に携帯用も含めて約540台を配備。六つの国・地域の文字で使用法を説明している。採取から要注意リストとの照合まで通常、30秒〜1分程度で完了し、全体の審査終了まで最長待ち時間を20分以内にするのが政府目標だ。


 それでも、指紋の読み取りがスムーズにいかずに入力操作を何度も繰り返す入国者も少なくなかった。朝の混雑する時間帯には長い列もでき、いらだつ人も。シンガポールから到着したオーストラリアのポール・ヌンテンさん(42)は機械の調子が悪く別の列に移ったため入国審査が終わったのが1時間半後。「こんなのばかげている」と疲れた表情。同様の審査制度を導入している米国のジュリー・ブームさん(30)は「両手の人さし指を機械に置くだけで簡単。全然気にならない」と話した。


 ◇在日韓国人ら、法務省前デモ


 一方、東京・霞が関法務省前では、制度に反対する市民団体や外国人ら約60人が「外国人はテロリストじゃない!」、「指紋押なつにNO」などのプラカードを掲げ、デモを行った。在日韓国人の青年はマイクで「長い年月をかけて指紋押なつ制度を全廃した歴史を忘れ、再び外国人を差別するのは許されない」と訴えた。【坂本高志、鈴木梢】


毎日新聞 2007年11月20日 東京夕刊


入国審査:入国時の指紋、拒否者は強制採取 法務省通知、ビデオ撮影も

 テロ対策などのため、20日始まった来日外国人に指紋提供を義務付ける入国審査制度で、法務省入国管理局が、指紋提供と退去を拒否する外国人は収容し強制的に採取するよう地方の各入国管理局に通知していたことが分かった。同制度について、法務省は強制的に指紋採取はしないとして「提供」と説明してきたが、拒否者に対して強制力で臨む措置を指示した形だ。「外国人を犯罪者扱いする運用」との批判が強まりそうだ。


 ◇退去命令、従わぬ場合


 指紋の採取や顔写真の撮影は、空港、港での入国審査時に実施し、その場で入管が保有する過去の強制退去者、国際指名手配犯などのリストと照合。一致した者は入国拒否され、提供拒否も国外退去となる。退去命令に従わない場合、入管は強制退去手続きに移行し、身柄を空港内の収容場に収容する。その際に指紋を採るかどうかは明らかにされていなかった。


 ところが、今月上旬に出た法務省入管局警備課長通知は「保安上の必要がある時は身体検査できる」などの入管法の規定を根拠に、入国警備官に強制力をもって拒否者から指紋を採取するよう指示。同時にビデオ撮影することも求めている。


 その後、拒否者は運航業者に引き渡し、強制退去させる流れとなるが、永住者や日本人の配偶者がいるなど国内で生活する人は「戻る国」がなく、対応が問題になりそうだ。入管局幹部は「拒否者にも十分に説得を重ね、強制しなくてもすむよう努める」と話す。


 入管法に詳しい関係者によると、不法残留容疑などで外国人の違反調査を行い、指紋を採るのは任意が原則で、強制採取はほとんどないという。関係者は「拒否者は入国できない以上、危険が国内に持ち込まれることはない。さらに指紋を強制的に採取し強制退去者リストに保存する正当性はあるのか」と批判する。


 外国人の人権問題に詳しい田中宏龍谷大教授は「全廃された外国人登録の際の指紋押なつ拒否についても、刑事罰のうえに再入国不許可という過剰な制裁を加えていた。今回の通知内容も法的根拠に乏しく、同様の発想による過剰制裁だ」と話している。


 ◇「要注意」が数件、採取不能も21人


 来日外国人に指紋などを提供させる入国審査が始まった20日、各地の空港や港で指紋の採取失敗などトラブルが相次いだ。法務省入国管理局のまとめでは、指紋のすり減りなどが原因で計21人から採取できなかった。


 福岡市の博多港では電磁的に読み取る際、数十人でエラーが発生。結果的に4人の採取を断念し、入国審査官の判断で入国を許可した。成田、中部、とかち帯広、福岡の各空港でも同様の問題が起きた。装置の異常ではないという。


 また、採取に長時間がかかったり、携帯型の装置の不具合などで、入国まで1時間半以上を要した人もいた。同局総務課は「待ち時間の短縮に努力したい」としている。


 一方、入管が保有する「要注意リスト」と一致するなど疑わしいケースが数件あり、入管で詳しく審査している。


毎日新聞 2007年11月21日 東京朝刊

 なお、指紋採取を拒否して強制退去となる場合には、10本の指すべての指紋を取られるのだそうである。この情報の出所は保坂展人議員のブログ