行政府の官僚の違法・越権行為 *追記をも参照


 今回問題にしたいのは、末尾に引用した記事の中の一節である。それは次のようなものである。

 多くの市は郵送で署名を依頼されていたが、白井氏[兵庫県尼崎市の市長]は「国交省近畿地方整備局の人が『道路のことで話したい』とやってきて、署名を求められた」と打ち明けた。

 国交省が自らの自由にできる財源を確保し権力保持を図るのは当然ではないか、だから「国交省近畿地方整備局」の役人のこのような働きかけには何ら問題はない、と主張する人も少なくないかもしれない。しかし私は、これは極めておかしい話だと思う。


 なぜおかしいと言えるか。末尾引用の記事冒頭で

 冬柴国土交通相が国会で「全自治体の首長から道路特定財源を維持すべしと署名が来ている」と答弁

しているとあり、この署名が、国会において政府・与党の主張を補強する材料として使われているからである。つまり「国交省近畿地方整備局」の役人は、国会の場での議論を左右する事柄に関して、政府・与党のために動いていることになるのである。これは明らかに法規違反である。


 具体的に言えば、国家公務員法第102条に次のようにある(なお、周知かもしれないが、法令情報は「法令データ提供システム」というサイトで得ることができる)。

(政治的行為の制限)
第百二条
 職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。
○2 職員は、公選による公職の候補者となることができない。
○3 職員は、政党その他の政治的団体の役員、政治的顧問、その他これらと同様な役割をもつ構成員となることができない。

 要するに、国家公務員は「政党又は政治的目的のために・・・人事院規則で定める政治的行為をしてはならない」のであり、そしてそこで言われる「人事院規則」に該当する「人事院規則一四―七」(14-7)には次のようにある。

(政治的目的の定義)
5 法及び規則中政治的目的とは、次に掲げるものをいう。
(中略)
三 特定の政党その他の政治的団体を支持し又はこれに反対すること。
四 特定の内閣を支持し又はこれに反対すること。
五 政治の方向に影響を与える意図で特定の政策を主張し又はこれに反対すること。

さらに、同じ人事院規則によれば

(政治的行為の定義)
6 法第百二条第一項の規定する政治的行為とは、次に掲げるものをいう。
一 政治的目的のために職名、職権又はその他の公私の影響力を利用すること。
二 政治的目的のために寄附金その他の利益を提供し又は提供せずその他政治的目的をもつなんらかの行為をなし又はなさないことに対する代償又は報復として、任用、職務、給与その他職員の地位に関してなんらかの利益を得若しくは得ようと企て又は得させようとすることあるいは不利益を与え、与えようと企て又は与えようとおびやかすこと。
(中略)
九 政治的目的のために署名運動を企画し、主宰し又は指導しその他これに積極的に参与すること。

 明らかなように、「国交省近畿地方整備局」の当該役人の行為はこれら条項に全く違反している。


 しかも看過しがたいのは、この役人が明らかに勤務時間中に白井市長にアプローチしたと思われる点である。私自身は、公務員が休日に(つまり私人の立場で)政治ビラを配るのは問題ないと考えるが、しかしながらそれが裁判で争われて、配った人が有罪になるのが、この国の司法のありようである。であるなら、なおさらこの役人の今回の行為は当然法律違反で訴えられ有罪にされなければならないのではあるまいか。


 国家公務員たる者、いやしくも政治的中立を標榜するのなら(例えば総務省のWebサイト中のこのページを参照)、国会の場で議論の的となっていることについて、政府・与党の側であれ、(ふつうないことだが)野党の側であれ、一方に片寄った立場を取るのは厳に慎むべきではないだろうか。立法府の議論が決して決まったこと、それを政治家の指導のもと粛々と行なうことに、行政府の役人は自らの役割を限るべきである。


 今回問題にした朝日新聞の記事の全文は以下のとおりで、リンクはこちら

特定財源維持」の署名 不参加6市長が判明
2008年02月09日03時17分


 冬柴国土交通相が国会で「全自治体の首長から道路特定財源を維持すべしと署名が来ている」と答弁後、「6人の市長の署名が欠けていた」と訂正、陳謝した問題で、署名に応じなかった6市長が8日、判明した。道路以外に市民のためになる使い道があるのではないかと悩む市長たちもいるようだ。


 仙台、東京都国立と狛江、京都府綾部、兵庫県尼崎、広島の6市長。署名は、全国の市町村長でつくる「道路整備促進期成同盟会全国協議会」が昨年11月に集めたもので、道路特定財源について「受益者負担の趣旨にそぐわない一般財源化や転用をせず、すべて道路整備推進のために充てる」「08年度以降も暫定税率を延長する」ことなどを求める内容だった。


 冬柴氏の地元でもある尼崎市の白井文市長は、「道路特定財源の維持に異存はないが、すべて道路のために使うというのは違うだろうと、拒否した。一般財源化の議論もあったはず。市バスなど公共交通にも使えるようにすればいい」と言う。


 四方八洲男(しかた・やすお)・綾部市長は「暫定税率延長は賛成で、拒否ではなく保留」としたうえで、「小泉内閣が打ち出した一般財源化を支持してきた。環境対策や国の借金返済にも充てるべきだ」と話す。


 関口博・国立市長は「自治体としては歳入維持を望むのは当然だが、市民生活を考えるとガソリン値下げも議論の対象であっていい」。矢野裕・狛江市長は「必要な道路は整備すべきだが、国は十分精査しないまま中期計画で59兆円を投入することにした。無駄遣いが通る仕組みが残される」と指摘した。


 広島市の米神健(こめかみ・たけし)・副市長は「秋葉忠利市長は、道路特定財源維持は問題だが暫定税率維持は賛成の立場。両方の賛成を求めていたため署名できないと判断した」とした。


 一方、仙台市梅原克彦市長は「会長を務める東北市長会として国に同様の要望書を提出しているため」と説明、内容への異論ではないとした。


 多くの市は郵送で署名を依頼されていたが、白井氏は「国交省近畿地方整備局の人が『道路のことで話したい』とやってきて、署名を求められた」と打ち明けた。


 直近の市長選で秋葉、白井両氏はそれぞれ自民と自民・公明の推薦候補を破った。矢野氏は共産、関口氏は共産・社民などが推薦。梅原氏は自民党県連と公明の支持、四方氏は自民・民主・公明・社民の推薦を受けた。


追記(2月15日)
 今朝の朝日新聞を見たら、驚いたことに、この記事で問題にした肝心な点が誤りだったとする「おわび」記事が載っていた。尼崎の市長からの申し入れでもあったのだろうが、申し入れがあったからといって、直ちにそれを鵜呑みにすることはできない。単なる事実確認でなく、国交省からの何らかの圧力の結果尼崎市長が証言を変えた可能性も否定できないからである。


 それにしても、インターネット上での記事の訂正は実におざなりである。上に掲げたリンクをクリックすると、訂正後の(つまり、一部削除が施された)記事が出てくるだけで、訂正の「て」の字すら記事からは窺えないからである。いくらインターネット上では訂正が容易だからといって、こういうことで良いのだろうか。読者の参考までに、訂正後の記事を以下に掲げることにする。

特定財源維持」の署名 不参加6市長が判明
2008年02月09日03時17分


 冬柴国土交通相が国会で「全自治体の首長から道路特定財源を維持すべしと署名が来ている」と答弁後、「6人の市長の署名が欠けていた」と訂正、陳謝した問題で、署名に応じなかった6市長が8日、判明した。道路以外に市民のためになる使い道があるのではないかと悩む市長たちもいるようだ。


 仙台、東京都国立と狛江、京都府綾部、兵庫県尼崎、広島の6市長。署名は、全国の市町村長でつくる「道路整備促進期成同盟会全国協議会」が昨年11月に集めたもので、道路特定財源について「受益者負担の趣旨にそぐわない一般財源化や転用をせず、すべて道路整備推進のために充てる」「08年度以降も暫定税率を延長する」ことなどを求める内容だった。


 冬柴氏の地元でもある尼崎市の白井文市長は、「道路特定財源の維持に異存はないが、すべて道路のために使うというのは違うだろうと、拒否した。一般財源化の議論もあったはず。市バスなど公共交通にも使えるようにすればいい」と言う。


 四方八洲男(しかた・やすお)・綾部市長は「暫定税率延長は賛成で、拒否ではなく保留」としたうえで、「小泉内閣が打ち出した一般財源化を支持してきた。環境対策や国の借金返済にも充てるべきだ」と話す。


 関口博・国立市長は「自治体としては歳入維持を望むのは当然だが、市民生活を考えるとガソリン値下げも議論の対象であっていい」。矢野裕・狛江市長は「必要な道路は整備すべきだが、国は十分精査しないまま中期計画で59兆円を投入することにした。無駄遣いが通る仕組みが残される」と指摘した。


 広島市の米神健(こめかみ・たけし)・副市長は「秋葉忠利市長は、道路特定財源維持は問題だが暫定税率維持は賛成の立場。両方の賛成を求めていたため署名できないと判断した」とした。


 一方、仙台市梅原克彦市長は「会長を務める東北市長会として国に同様の要望書を提出しているため」と説明、内容への異論ではないとした。