今の棋士に欠けているもの


 佐藤康光二冠がここのところ絶不調のようである。今年度の成績を見ると、対局数は全棋士中一番ぐらいに多いのに、勝率が5割を切っている。これは極めておかしな話で、というのも、ふつう対局で勝ち進むからこそ対局数は増えるからであり、したがって、対局数の多い棋士は勝率も良いのがふつうだからである。そうなっていないのは、ここへ来て佐藤が負け込んでいるからではないかと思われる。私の知る限りでも、順位戦ではこれまでのところ5戦全敗であり、また現在進行中のタイトル戦である竜王戦でも、戦績こそ1勝3敗だが、その1勝は相手が必勝の将棋を落とした結果得た、言わば拾い物の勝利であり、現時点で竜王戦は既に終了していてもおかしくなかった。


 羽生、森内と並んで現在の将棋界を牽引する3強の一角である佐藤がこのように崩れているのを見るのは、将棋ファンとしてうれしい話ではない。しかし思うが、今の棋士は、いずれも幼少時からの純粋培養で、人間として少しも面白いところのない連中ばかりだと言ってよい。しかも、奨励会で夢破れて別の人生を歩む人々はいざ知らず、現役の棋士として活動している連中は、ろくに挫折を知らない輩ばかりなのではあるまいか。そういういわゆるトッププロが、本を出したり番組に出たり、果てには(ろくに知りもしないくせに)教育委員会の委員などをやったりするのを見ると、全く辟易させられる。分を知れと言いたいところである。


 そのように考えると、天才的な棋士である佐藤康光がいま絶不調の中にあるのは、人間としての佐藤にとってはむしろプラスだと考えてよいのではあるまいか。挫折を知らなさすぎる現役の将棋棋士の中にあって、大スランプに苦しむことは、自分のこれまでの人生を顧みる良い機会になるだろうと思われる。順位戦でB級に陥落するもよし、失冠するもよし、この機会に佐藤にはとことん悩んでもらいたい。もちろん佐藤ほどの棋士なら、それでは決して終わらないだろうと期待するからこそ、こう言うのだが。


追記(11月26日)
 と書いたものの、第57期王将戦リーグ5回戦の棋譜が目にとまったので見てみたところ、どうしてどうして、佐藤の勝局となったこの棋譜は感動的な棋譜である。こんな将棋が指せるのなら、果たして佐藤は不調なのかとすら思えてくる。もちろん、森内との相性という問題も作用してはいるのだろうが、なかなかに勝負とは難しいものである。