深浦、王位をもぎとる――そして羽生の強さ


 つい今しがた終わった王位戦第7局は、終盤戦が実に見事な戦いだった(「名局」という言葉は観戦記や感想などで安売りされすぎているので、ここではあえて使わないが)。対局をWeb中継した北海道新聞この記事にあるように、106手目△6九銀不成でなく△7六桂と指していれば、どちらが勝つかまだわからなかった(というよりむしろ、後手の勝ちだった可能性が高い…この点は「道新スタッフブログ」のコメント欄で指摘した)。羽生にとっては痛恨の敗着だが、その敗着を呼び込んだのは(陳腐な言い方だが)深浦の執念だったと言ってよいのではないだろうか。ここは素直に、勝者を讃えることにしておきたい。ともあれ、本ブログの予想は一応当たったことになる。


 ただ、そう言った上で付け加えるなら、羽生の粘り腰の強靭さは驚嘆に値する。第4局終了時点で羽生の側から言えば1勝3敗のスコアをここまで戻すことは、よほどの精神力と勝負に対する執念とがなければできないだろうと思われる。今回三冠から二冠へと転落したことで、もはや羽生を将棋界の第一人者と呼ぶことは無条件ではできないが(もちろん、過去の実績を見るなら話は別だが、しかし勝負の世界で重要なのは現在・現時点での実力である)、この転落にむざむざ甘んじるような羽生ではあるまい。むしろそれをバネにして、再度七冠全冠制覇へと向かうくらいの力を出してもらいたいし、そういう力は羽生にはあると思う。奮起(再起とまでは言うまい)を期待する次第である。


 それにつけても、議員の世襲は政治から駆逐されなければならない。


追記(9月29日)
 今日のNHKの囲碁将棋ジャーナルでは佐藤二冠がこの王位戦第7局を解説していた。要点を摘記しておくことにする。まず87手目、後手の△6七桂に対して先手が▲7八香と逆襲した時だが、



佐藤二冠によればこの時△7九桂成が有力だったかもしれないとのこと。以下▲7六香△8九成桂▲同玉△6七金との進行が予想されるとのことだが、金駒のない先手は受けにくいのではないかという意味なのだろう。


 少し進んで96手目の△6六角を佐藤二冠は褒めていた。



もちろん、その称賛によってプロが何を言わんとしているかは、単なるアマチュアには汲み尽くせるものでないが、一つだけ言えば、後での先手からの詰め攻勢の際に、この角が9三への受けとして利いているのである。


 次に100手目△7二同玉の局面だが、



ここで佐藤二冠は、▲6一飛成と攻めた方が良かったと言っていた。ただ、時間の制約のためか、残念ながらそれ以上のコメントはなかった。後手の対応の一例として考えられるのは、以下△8二玉▲6二金に△9二玉と早逃げして、(横に利く駒を先手が持っていないので)▲7一龍が詰めろでなく、そこで△6八銀と攻めるといったことだが、どちらが勝っているのか。素人には見当がつかない。


 ともあれ103手目、先手が▲2一飛成とした局面では、



佐藤二冠によれば形勢逆転で、後手の方が有利になっていたとのこと。


 そして問題の105手目、▲7七桂の局面である。



ここで実戦では後手が、7筋への先手の香の利きを残す格好で攻めたため(△6九銀不成)、以下見事な詰みが生じてしまったのだが(上記北海道新聞のサイトの棋譜を参照)、そうでなく△7六桂と、香車の利きを止める形で攻めていた方が良かったのではないか、ということである。



 △7六桂以下の手順としては3通りが考えられるが(うち佐藤二冠は③の手順を手早く説明したのみ)、
①まず本譜と同じ手順で行くと、投了図(▲5一龍)以下△5二歩▲5四飛△6三玉▲5二飛成△7三玉▲7一龍△8四玉となった時に、香車の利きが遮断されているため、7一の龍を7四に引くことができない。したがって後手玉は詰まず、後手勝ちとなる。


②次に、▲6二金打△同角▲6一龍とする攻めがあるらしい。これだと以下△8二玉▲6二龍△7二銀▲7一角△8一玉▲7二龍△同玉▲6二金△8一玉▲8二銀△9二玉となって、後手の6六の角が9三に利いていなければ以下▲9三銀成となって後手玉は即詰みだが、6六の角の利きが素晴らしい。これもまた後手玉は詰まず、後手勝ちとなるようである。


③一番王手が続くのは、上図(△7六桂まで)以降▲6三金△同玉▲6一龍と攻める手順である。これも相当に際どいが、以下△6二金▲同金△同角▲5三金△同玉▲6五桂△同歩(△同桂だと後手負け)▲5四飛△6三玉▲5二飛成△6四玉▲6二龍寄△7五玉となる。私程度の棋力ではお手上げなので、以下フリーソフトbonanzaの託宣に拠ると、▲5三角△8四玉(△8五玉だと▲8六角成以下、王手で後手の7六桂が取られて逆転となる)▲7三龍△同玉▲6二角成△6四玉▲8四馬△5五玉▲6六馬△同歩以下、6六の角を王手で外して、なお王手が続くようだが、しかしながら、大海へと逃れた後手玉に詰みはないようである。他方、6七の桂馬と6八の銀が素晴らしく利いており、先手玉は逃れる余地はないようである。よってこれも後手勝ち。


 佐藤二冠は、手垢のついた「名局」という言葉では足りないと思ったか、盛んに「歴史的」名局という形容辞を使っていた。プロが興奮する将棋を指したということを、対局した両者は誇りにしてよいのだろうと思われる。