NHK「新春お好み将棋対局」から――飛車落ち対局


 正月ボケということで、時事問題はさておき、気になった局面の手を備忘的に書き留めておくことにする。


 佐藤康光NHK杯対笠井女流アマ名人の対局、手合いは飛車落ち。仕掛けからほぼ順調に下手が攻め、途中飛車捨ての強攻もほぼ決まり、寄せが決まるかという問題の局面(第1図)。

ここで実戦は下手▲6四金で、△同金、▲同銀成、△5二玉(後で第2図として触れることにする)と進んだが、佐藤NHK杯は▲6四銀打のほうがよかったと言う。以下△7二玉なら金を打って上手玉を端に追い詰めた後5四の金を取りに行けばよいし、△6四同金と取れば以下▲同銀成、△5二玉、▲5三金、△4一玉、▲4二金打以下飛車をはがして、2段目に王手で飛車を打ってよいとのこと。もちろんそれでも良かっただろうが、しかし、▲6四金が誤りとまでは言えないのではないだろうか。そこで第2図だが、

実戦ではここで▲5四成銀として、上手玉に対する圧力が増さなかったので、△4二金と受けを打たれて一挙に攻めが切れ模様になってしまった。つまり、真の敗因は▲5四成銀だと考えるべきだろう。ではどういう手があったのか。それが第3図である。

この図にあるように、▲4四銀と上からの圧力を増す形で打てば下手必勝だったろうと思われる。この手に対して△5六歩は▲5三銀成で2二の角が素抜ける。また、実戦のように△4二金と上手が指せば、▲5三金と打っていけばよい。


 上手の抵抗として気になるのは▲4四銀に対して△同角とする手だが、これに対しては▲同桂、△同飛成の時に▲6三角と王手をするのが良い。これに対して△4三玉とすると▲5四金と王手で手順に龍が取られ、上手はひどいことになるので、▲6三角に対しては△4二玉と逃げざるをえない。そこで▲5四角成と龍に当てながら馬をつくるのが良い。第4図である。

佐藤NHK杯が良いとした図と比べてもこの図のほうが優れているように思われる。なぜなら、上手玉を上から圧迫する駒があり、しかも龍が取れそうな勢いだからである。この図で△5四同龍、▲同成銀となって龍が手に入れば、次に2段目に飛車を打って、合駒に対してはすぐに▲4三金と打ち込めば合駒がはがれる。また、何かの折に王手ないしはそれに準じる形で▲5五角の飛び出しも可能となる。さらに、▲5四角成に対して龍が4八あたりにでも逃げれば、▲5三成銀とした後、5五の歩を馬で取るのが良い。この図が下手の攻めとしては最も良いのではないだろうか。


 もちろん、プロはこういう図もわかっていたに相違ない。わかっていて言わなかったのは、本当の負けの図は教えたくないと思ったからではあるまいか。アマは負けはしたものの、プロにその程度にまで思わせたことは、そのこと自体が、自らが相当の力量であることをプロに認めさせたことになると言ってよかろう。もちろん、ああいう場でここまで指せるのは、女流アマ名人が私などより遥かに強いことを意味するわけなのだが。


 ところで、佐藤NHK杯は今年で40歳だとのこと。谷川九段が40歳を過ぎてから明らかに力を落としてきたこと(と言っても、べらぼうに強かったのが単に強いという程度になったということだが)を目の当たりにして、40歳という年齢が気になっているのではあるまいか。将棋と関係の深い分野である数学でも、最高峰とされるフィールズ賞の受賞者は40歳以下とされている。とはいえしかし、佐藤氏にはぜひとも頑張っていただきたいものである。読みの深さ、指し手の独創性から言って、(もちろん羽生を凌いで)棋界最高峰だと思われるので。