時代遅れの教育基本法政府改正案

 今晩弁護士会館で行なわれた「教育基本法「改正」をとめよう!緊急市民集会」は、識者2人の講演がメインの集会だったが、特に日本大学教授の広田氏の講演が興味深かったので、以下備忘的に書き留めておきたい。


 1920年、1940年、・・・、2000年と20年間隔で考えると、それぞれ社会は様変わりし20年前には予想できなかったものになっている、と指摘した上で、現状にあまりにも適合しすぎるのは特に教育基本法のような理念法の場合には適当でない(というのも、現状が変化する結果、時代遅れになる可能性がより大きくなるので)、と広田氏はまず述べる。


 その上で広田氏は、教育基本法政府改正案は、そもそも1980年代に臨時教育審議会で議論されたものが土台となっており、その結果、前時代つまり冷戦時代の発想を引きずっている、と指摘している。具体的には、政府改正案は

  • 一国で経済競争に勝ち抜こうとするモデルに則って構想されている
  • 内向きの同質化を指向している
  • 教育現場の自由度・自律性の低減を指向している

とのことである。


 まず(1)については、1980年代と言えばなお冷戦時代の只中だが、その後状況は変化して、EUが成立したのみならず、ASEANでも、さらに近時では「東アジア共同体」構想などが語られるに至っている。このような時代に日本が内向きの、愛国心を強調したような教育で人間を輩出していくと、日本は「東アジアの変わり者」(孤立主義)ないしは「東アジアの嫌われ者」(覇権主義)になりかねないのではないか−−こう広田氏は指摘している。


 次に(2)については、今後日本は、多文化の受容を自らの資源とできなければならないが、しかし政府改正案は、第2条(教育の目標)で徳目をやたらと並べている(かつての教育勅語ですら、列挙されている徳目は15ほどで、今回の政府改正案が列挙しているのは、それよりも多いそうである)。しかもこの第2条では、目に見えるものである「態度」の涵養が言われている。これは人間の同質化を指向していると言わざるをえない−−こう広田氏は指摘している。


 (3)については、教育者は、そもそも教育を行なえるには、少なくとも或る程度の自由度をもっていなければならない、という当然のことを広田氏はまず指摘している。その上で、教育現場の自由度・自律性が低められると
・上からの命令に従うばかりのロボット教員ばかりになる
・社会への広い関心をもった教員がいなくなる(そのような広い関心は、上からの指令で実施される教育には邪魔だろう)
などといった結果が招来される懸念があるとしている。


 この関連で広田氏は、政府改正案の上記第2条(教育の目標)はただ漫然と掲げられているわけではなく、同案の第6条第2項に「学校においては、教育の目標が達成されるよう、(中略)体系的な教育が組織的に行なわれなければならない」とあるのと関連している、と注意を促している。つまり、政府改正案が可決されれば、第2条の徳目を子どもに無理やりにでも植えつける教育が「体系的」「組織的」に行なわれる危険性があるというわけである−−言うまでもなく、道徳などということは、植えつけようとして植えつけられるものでは決してないのだが。


 さらに、これは広田氏の講演で指摘されていたことではなく、今日の集会でも配布されていた日弁連の意見書
教育基本法改正法案についての意見」
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/060915.html
に記されていることだが、政府改正案第17条では「教育振興基本計画」なるものの策定が定められている。これが、企業経営よろしく計画・実施・評価といったプロセスに乗ることを通じて予算配分などに反映されると、教育に対する国家の介入が強まることが懸念される、と意見書は指摘している。人間は製品とは異なるのであって、単純に企業経営の理念を当てはめるととんでもないことになりかねないのである。意見書の指摘は当を得ていると思われる。


 広田氏は、「現行の教育基本法のほうが、改正案よりも柔軟で有用」だ、と講演をまとめている。その意味を忖度するならば、現行の教育基本法の方が、個人の尊重という理念をはっきり述べている一方、要するに言葉数が少なくごたごた述べていないので、それだけ良い、という評価なのではないかと思われる。


 政府改正案が自民党の「長年の」宿願であるということが、(同案が時代遅れの産物と成り果てているという意味で)かえってマイナスに働いている、ということをわかりやすく指摘した講演だと言えよう。



追記
 今日、教育基本法特別委員会での議論をながらで聞いていたら、和楽器に関する話があった。伝統を大事にするとかいうこととの関連でだろうか、どうも(中学か高校かは聞き逃したが)いずれかの段階で学校教育に取り入れられているのだとか。和楽器が悪いとは言わないが、やるとしても当然選択制にすべきであり、「音楽の授業を受ける人は和楽器必修」などということはもちろん論外である。後で会議録などで事実を確認してみなければならないが、政治に教育を任せているととんでもないことになる事例の一つなのかもしれない。



追記2
 教育基本法改正問題と直接に関係するわけではないが、朝日新聞世論調査によれば、安倍政権の内閣支持率は発足直後(より正確には、訪中・訪韓の直後)の63%から10%下がって53%になったとのことである。
http://www.asahi.com/politics/update/1114/001.html
安倍政権、なかなかよくやっているじゃないか。もちろん、「たった1ヶ月間でこれだけ下がるとは、よくやっている」という意味で言っているのである。今後のさらなる「活躍」に期待したい。