教育基本法改正の問題に見る、政治家の能力の低下

 言うまでもなく、より正確には「現在の政府・与党の能力の低下」と言うべきだろう。


 まず見たいのは、1947年に現行教育基本法が成立するに至った時の、国会での審議の様子である。以下、衆議院教育基本法案委員会での文部大臣の法案提出理由を引用することにする。

○高橋國務大臣 教育基本法案の提案理由を一應御説明申し上げます。昨日本會議におきまして最後に一言いたしましたところを、少し附け加えて申し上げますると、この法案は、昨年の九月内閣に設置されました教育刷新委員會の建議に基いて作成せられたものであります。この教育刷新委員會は、もと米國教育使節團に協力いたしまするために、連合軍覺書に基いて組織せられました日本教育家委員會と稱せられましたものが、解消して發展いたしたものであります。そうして米國教育使節團の報告書が作成せられるにあたりましては、日本教育家委育會がいろいろな問題を研究される上に、米國教育使節團報國書に、きはめて重要な示唆を與えたものと思われるのであります。刷新委員會の建議は、使節團報告書とその方向を一にしておるのであります。教育の理想につきましても、同じことが言い得ると考えられるのであります。教育刷新委員會におきましては、その第一特別委員會におきまして、この問題を審議いたしまして、その報告に基きまして、本會議において決定いたしましたところのものを、内閣に答申いたしたのであります。それをもとにいたしまして、今囘のものが起草せられることになりまして、閣議におきまして、かなりに激しい議論が鬪わされました後、これが樞密院に御諮詢になりまして、樞密院の小委員會の席上におきまして、また種々なる論議が鬪わされ、その幾分が訂正せられまして、今囘の議案ができ、これが上程せられることとなつたのであります。

(中略)

 次にこの法案の内容を御説明申し上げますると、まずこの法案制定の由來趣旨を明らかにいたしまするがために、只今申し上げましたところの前文を附してございます。次に本文にはいりましては、第一條に、新時代に即應すべき教育の理念を明らかにいたしまするがために、教育の目的を掲げました。次に第二條におきましては、このような教育の目的をいかに達成すべきか、その方針を明示いたしました。第三條、教育の機會均等のくだりにおきましては新憲法第十四條第一項、同じく第二十六條第一項の精神を具體化いたしました。第四條、義務教育では、新憲法第二十六條第二項の、義務教育に關する規定を、一層はつきりと規定いたしたのであります。さらに第五條男女共學におきましては、新憲法第十四條第一項の精神を敷衍いたしまして、男女共學を説いたのであります。第六條學校教育におきましては、學校の性格、教員の身分について規定いたしました。第七條では、社會教育の原則を説きました。第八條政治教育では、民主主義社會における政治的教養の重要性、並びに學校における政治教育の限界を示したのであります。第九條宗教教育では、新憲法第二十條の信教の自由の規定が、教育上いかに適用せらるべきかということを明らかにしたのであります。第十條教育行政の條下におきましては、教育行政の任務の本質とその限界を明らかにいたしました次第でございます。

 これが本法案制定の理由、性格、並びに内容でございます。この法案は教育の根本的刷新について議すべく、先ほど申しましたように、内閣に設けられましたところの教育刷新委員會におきまして、約半歳にわたりまして愼重審議を重ねられた綱要をもととしたところのものであります。政府におきましては愼重に案を練りましたのでございまするが、なおいろいろまだ御意見もあることと思ひまするので、何とぞ愼重御審議を願いたいと存ずる次第でございます。


 次に見たいのは、先の第164国会で行なわれた、小坂文部大臣による教育基本法改正政府案の提案理由である。

○小坂国務大臣 このたび政府から提出いたしました教育基本法案につきまして、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。

 現行の教育基本法については、昭和二十二年の制定以来、半世紀以上が経過をいたしております。この間、科学技術の進歩、情報化、国際化、少子高齢化など、我が国の教育をめぐる状況は大きく変化するとともに、さまざまな課題が生じており、教育の根本にさかのぼった改革が求められております。

 この法律案は、このような状況にかんがみ、国民一人一人が豊かな人生を実現し、我が国が一層の発展を遂げ、国際社会の平和と発展に貢献できるよう、教育基本法の全部を改正し、教育の目的及び理念並びに教育の実施に関する基本を定めるとともに、国及び地方公共団体の責務を明らかにし、教育振興基本計画について定める等、時代の要請にこたえ、我が国の未来を切り開く教育の基本の確立を図るものであります。

 次に、この法律案の内容の概要について御説明を申し上げます。

 第一に、この法律においては、特に前文を設け、法制定の趣旨を明らかにしております。

 第二に、教育の目的及び目標について、現行法にも規定されている人格の完成等に加え、個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと、伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うことなど、現在及び将来を展望して重要と考えられるものを新たに規定をいたしております。また、教育に関する基本的な理念として、生涯学習社会の実現と教育の機会均等を規定をいたしております。

 第三に、教育の実施に関する基本について定めることとし、現行法にも規定されている義務教育、学校教育及び社会教育等に加え、大学、私立学校、家庭教育、幼児期の教育並びに学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力について新たに規定をいたしております。

 第四に、教育行政における国と地方公共団体の役割分担、教育振興基本計画の策定等について規定しております。

 以上が、この法律案の提案理由及びその内容の概要でございます。

 何とぞ、十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願いいたします。


 問題なのは、現行基本法にも今回の政府改正案にも、それぞれ「日本国憲法の精神に則り」「日本国憲法の精神にのっとり」とある点である。ここで引き合いに出されている「日本国憲法」とは、当然ながら今の憲法(現行憲法)であるから、その憲法基本法(或いは基本法改正案)がどういう関係にあるかがしかるべく説明されなければならないのだが、この点で、かつての文部大臣の説明と今回の文部大臣の説明とでは雲泥の差がある。


 すなわち、かつての文部大臣はきちんと、教育基本法憲法の理念・精神の具体化として説明し、個々の条文が憲法のどの箇所に関連しているかを明確に述べている。これに対して、今回改正案を提出した文部大臣はそのような説明をおよそなしえていない。「日本国憲法の精神にのっとり」と言いながらその精神を無視しているか、或いは、憲法の理念・精神の具体化というような思考を営むことができないかだと言わざるをえない。実際にはその両方が当てはまるのだろう。論理的思考ができないということは、特に最後の一文で「十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願いいたします」などと、「十分に審議せよ」「速やかに賛成せよ」という全く矛盾することを平気で並列して言っておいて恥じるところがないことから見て、明々白々である。


 教育基本法の改正などと言う前に、政府・与党の議員は例えば小坂氏のような人間の再教育を行なうべきだろう。頭悪すぎ、である。