検察の暴走が確定した今回の捜査


 3月24日、小沢民主党代表の公設第一秘書が政治資金規正法違反の容疑で起訴された。これを受けて、民主党では小沢氏の代表続投が決定され、小沢氏がその旨を発表する記者会見が行なわれた。小沢氏の代表続投については、ここでとりたてて論じるつもりはない。私は、小沢氏がいったん代表を退いて、そして民主党が氏を特別最高顧問というような形で遇するほうが、この問題で或る種のけじめをつけて民主党が再び攻勢に転じるためには良かっただろうと考えているが、しかし、代表続投は決まった話である。民主党は今後、これを前提に最善の方策をとってもらいたいと思う。いずれにせよ、党内が混乱して政権交代の見通しが遠くなるようなことだけは避けてもらわなければならない。


 ここで論じたいのはむしろ、検察の捜査のおかしさという点である。といっても、この点は既にいろいろな人が論じており、とりわけ、この問題の論客として最近注目度の高い元検事、郷原信郎氏の論考が詳細を極め、説得力に富んでいる。まず氏の論考の題とリンクを掲げておくことにする。

代表秘書逮捕、検察強制捜査への疑問 民主党は率直に反省し、政治資金透明化の好機とせよ(3/11)
「ガダルカナル」化する特捜捜査 「大本営発表」に惑わされてはならない(3/17)
小沢代表秘書刑事処分、注目すべき検察の説明 民主党、自民党、マスコミにとっても正念場の1日(3/24)
検察は説明責任を果たしたか(3/25)


 なお、上記リンクがいつ削除されるかわからないので、末尾にそれぞれの論考の要約(というよりむしろ、一部引用)を掲げておくことにする。


 特におかしいのは、これも郷原氏他が既に指摘している点だが、今回の件で秘書がいきなり逮捕され、かつ強制捜査が行なわれたということである。今回のように政治資金規正法違反だけが問題なのなら、要は法律違反ということであり、例えば脱税の場合の捜査と比較可能ではないだろうかと思われるが、脱税の場合には、私の記憶が間違っていなければ、金額が1億を超えた場合に逮捕に至るというようなことではなかっただろうか。脱税のような悪質な違反と比べても、額が少額であり、しかも小沢氏の場合は収支を全部公けにしているという、そういう中での逮捕・強制捜査は、どう考えてもバランスを失している。検察側が特段の理由を持っていなければ、このような挙は正当化されるものではない。この点に関して、検察からは充分な説明は行なわれていない。


 つまり、検察は今回、説明責任を果たさなかったことによって、自らの捜査が極めて強引な、暴挙と言ってよい捜査であることを事実上認めたと評さざるをえない。日本がまともな民主主義国なら、暴走する検察の存在は許されるものでない。といってももちろん、私は、政治が検察に過大に介入することを望むわけでは決してない。ならば何が必要か。まず一方で、今回検察が暴走したことが広く江湖に認識されることが重要である。そして他方で、民主党が政権を奪取した暁には、検察がより一層情報公開をし、説明責任を果たす体制へと転換することが求められる。国民こそが政治の主体なのだから、自らが今の政治に対して主体的な判断を持つことが重要だ、と私は思う。



 郷原氏の記事の要約は以下のとおり。
代表秘書逮捕、検察強制捜査への疑問 民主党は率直に反省し、政治資金透明化の好機とせよ(3/11)

 民主党小沢一郎代表の公設第一秘書が、東京地検特捜部に逮捕され、日本中に大きな衝撃を与えた。・・・
 検事時代、自民党長崎県連事件など多くの政治資金規正法違反事件を捜査してきた私の経験からすると、今回の検察の捜査にはいくつかの疑問がある。・・・


 まず、小沢氏側の会計処理が本当に政治資金規正法違反と言えるのかどうかに問題がある。・・・
 政治資金規正法違反になるとすれば、寄附者とされる政治団体が実体の全くないダミー団体で、しかも、それを小沢氏側が認識していた場合だ。捜査のポイントはこの点を立証できるかどうかだが、全国に数万とある政治団体の中には、政治資金の流れの中に介在するだけで活動の実態がほとんどないものも多数ある。西松建設の設立した政治団体が全く実体がないダミーと言えるのかは、微妙なところだ。・・・


 今回の事件は、・・・野党第一党党首の秘書を逮捕することで重大な政治的影響を及ぼした事件だ。・・・こうした重大な影響を生じさせてまで強制捜査に着手すべき事件と言えるのか。・・・
 今回の容疑事実の大部分は2003年から2004年にかけてだが、ちょうどこの時期に摘発された自民党長崎県連事件、日歯連事件、坂井隆憲代議士事件などと比較すると、寄附の総額が4年間で2100万円、しかも、すべて表の寄附で、その寄附の名義を偽った疑いがあるというだけの今回の事件は、規模、態様ともに極めて軽微であることは否定できない。・・・
 政治献金というのが特定の工事における受注の対価だということ、対価の明確性を持っているということはあまりない。本件についても、ダム工事を西松建設が受注していたことと政治献金との直接的な対価関係があるとは考えにくい。・・・
 こうした過去の一時期に形式的に法に違反したというだけで摘発できるということになると、検察はどの政治家でも恣意的に捜査の網にかけることが出来てしまう。・・・
 今回の事件が、このような時期に、重大な政治的影響を与えてまで強制捜査を行うべき悪質・重大な政治資金規正法違反とは思えない。


 [小沢氏の]対応が、今回のような事件で秘書が逮捕され、政治生命にも関わる重大な危機に直面した時の野党党首の対応として適切だったと言えるであろうか。・・・
 「国策捜査」というのが政府・与党と結託して政治的意図で捜査を行うことという意味であれば、検察がそのような捜査を行うことはあり得ない。・・・
 同様に、不適切であったのは、「金の出所を詮索することはない」と[小沢氏が]述べた点である。・・・
 政治資金規正法違反の成否のポイントは、西松建設が資金の拠出者であったことの認識があったかどうかではない。政治団体が実体のないダミーであったか否か、その点について小沢氏側に認識があったか否かなのである。会見での小沢氏の弁明が、議論の焦点をそのポイントからずらすことにつながった。・・・


 では、今後、民主党は、どうすべきか。
 ここで何より重要なことは、政治資金規正法違反の成否という法的責任の問題と、「政治資金の透明化」に向けての政党としての取り組みの問題とを区別することだ。(以下略)


「ガダルカナル」化する特捜捜査 「大本営発表」に惑わされてはならない(3/17)

 ・・・どうやら、今回の検察の強制捜査着手は、これ程までに大きな政治的影響が生じることを認識したうえで行われたのではなく、むしろ、検察側の政治的影響の「過小評価」が現在の混乱を招いているように思える。
 その推測の根拠は、今回の強制捜査着手後に、東京地検の特捜部以外の他の部のみならず、全国の地検から検事の応援派遣を受けて行われている事実だ(3月8日付毎日)。
 検事の異動の大半は、定期異動で行われる。全検事のうちの3分の1近くが一斉に異動する年度末を控えたこの時期、事件の引き継ぎの準備を行いながら、捜査・公判の日常業務を処理しなければならない全国の地検はただでさえ多忙だ。・・・そのような時期に、今回の特捜捜査に大規模な戦力投入が行われていることで、検察の他の業務に重大な影響が生じていると思われる。・・・
 強制捜査に着手したところ、民主党サイドの猛反発、強烈な検察批判などによって、予想外に大きな政治的・社会的影響が生じてしまったことに驚愕し、批判をかわすため、泥縄式に捜査の戦線を拡大しているということではないか。・・・
 民主党サイドだけへの偏頗な捜査と言われないように自民党議員にも捜査対象を拡大させる一方、小沢氏側に対しても、何かもっと大きな容疑事実をあぶり出すか、秘書の逮捕事実が特に悪質であることを根拠づけることが不可欠となり、その捜査のために膨大な人員を投入しているというのが実情だろうと思われる。


 新聞では報じられていないが、[西松建設のOBが代表を務めたという、問題の]この政治団体には事務所も存在し、代表者のOBが常駐し、一応活動の実態もあったという情報もある。団体としての実体が全くなかったことの立証は容易ではなさそうだ。・・・
 とりわけ、政治に関する事件の処罰は厳格な法解釈の制約内で行わなければ、検察の不当な政治介入を招くことになる。
 ・・・特捜部の捜査は、戦略目的も定まらないまま、兵力を逐次投入して、米国軍の十字砲火の中に白兵銃剣突撃を繰り返して膨大な戦死者を出し、太平洋戦争の戦局悪化への転換点となったガダルカナル戦に似た様相を呈している。・・・
 政治の世界の透明化を目的とする政治資金規正法違反の事件の捜査を、重大な政治的影響を与えつつ行っているのだから、捜査機関の側にも可能な限り透明化、説明責任を果たすことが求められるのが当然だ。しかし、残念ながら、現在まで検察はその責任を全く果たしておらず、その代わりに行われているのが、捜査の成果を一方的に報じる「大本営発表」だ。・・・


 二階氏側への「裏金供与疑惑」問題も報じられた。・・・
 しかし、そこには政治資金規正法の「大穴」が立ちはだかる。それは、政治家側に直接渡った裏金について、政治資金規正法違反の事実をどう構成するかという問題だ。・・・
 ・・・裏金は、最初から寄附を表に出すことを考えていないのだから、政治家個人宛か、どの団体宛かなどということは考えないでやり取りするのが普通だ。結局、「政治資金の宛先」が特定できないので、政治資金規正法違反の事実が構成できず刑事責任が問えないのだ。
 かねて政治資金規正法は「ザル法」だと言われてきた。しかし、実は、そのザルの真ん中に「大穴」が空いているのだ。・・・
 自民党サイドへの捜査の展開は著しく困難な状況になっているものと考えられる。


 にわかに活発になったのが、東京地検特捜部が東北地方の大手ゼネコンなどの一斉聴取に乗り出したことを報じる「大本営発表」だ。・・・
 今回の大手ゼネコンなどへの一斉聴取の目的は、東北地方の公共工事を巡る談合構造の下での受注者の決定に大久保容疑者が強い影響力を持っていたこと、小沢氏側への政治献金は、談合受注の見返りの趣旨だったことを明らかにすることで、逮捕容疑となった西松建設側からの政治献金が実質的に贈収賄に近いものだったという事件の悪性を立証することにあるようだ。
 しかし、・・・談合受注の構造は決して単純なものではない。
 ゼネコン間の談合構造の下での公共工事の受注者決定・・・この中での個別の工事の受注と、個別の政治献金との対価関係は、必ずしも直接的なものではない。
 ・・・国土交通省発注の工事について、発注者側への影響力を有しているとは思えない野党側の小沢氏側に、果たして、談合による受注者の決定に影響を及ぼすことが可能なのであろうか。・・・
 小沢氏側が、西松建設だけではなく、他の大手ゼネコンからもかなりの額の政治献金を受けることができたのは、岩手県を中心に地域社会での有力者だったことによるものであろう。地域の有力者には、「あいさつ」をして、つながりを保っておくことで、受注の邪魔をされないようにする必要があり、そのために、「保険料」的な意味で政治献金を行ったというのが実態であろう。


 検察は、「特捜不敗神話」へのこだわりを捨てて事件を早期に決着させ、今回の捜査の目的と経過について国民に説明責任を果たすべきだ。(以下略)


小沢代表秘書刑事処分、注目すべき検察の説明 民主党、自民党、マスコミにとっても正念場の1日(3/24)

 [今回の捜査は、]総選挙を間近に控え、極めて重大な政治的影響が生じるこの時期に、まさか、逮捕事実のような比較的軽微な「形式犯」の事件だけで、次期総理の最有力候補とされていた野党第一党の党首の公設秘書を逮捕することはあり得ない、次に何か実質を伴った事件の着手を予定しているのだろうというのが、検察関係者の常識的な見方だった。
 しかし、その後、新聞、テレビの「大本営発表」的な報道で伝えられる捜査状況からすると、他に実質的な事件の容疑が存在するとは思えない。・・・
 本日の勾留満期での大久保容疑者の処分は、逮捕事実だけで起訴(公判請求)になることがほぼ確実と言ってよいであろう。
 そこで、大久保容疑者の処分がそのような形で終わった場合に問題になる、今回の事件についての検察の説明責任について考えてみたい。


 この点に関して、「検察に説明責任はない」と主張するのが検察OBの堀田力氏だ(3月20日朝日新聞「私の視点」)。政治資金規正法違反は、汚職と同様に、国民の望む政治の実現のために重要な役割を担う「規制」の違反だから、検察は必要に応じて逮捕を行い法廷で容疑の全容を明らかにするだけでよく、それ以外のことを説明する責任はないというのだ。
 この見解は根本的に誤っている。・・・
 政治資金規正法は、政治資金を「賄賂」のように、それ自体を「悪」として規制する法律ではない。政治活動を、それがどのような政治資金によって行われているのかも含めて透明化して国民の監視と批判にさらし、それを主権者たる国民が判断する、という基本理念に基づく法律だ。「規制」ではなく「規正」とされているのも、政治資金を透明化によって正しい方向に向けようとする考え方に基づいている。・・・
 政治資金規正法違反を贈収賄と同列にとらえ、政治資金規正法に違反して政治資金の透明性を害した行為があれば、検察は、いかなる行為を選択して摘発することも可能で、それについて説明責任を負わないという考え方は、同法の理念に反するばかりでなく、検察の権力を政治より圧倒的に優位に位置づけることになりかねない。


 では、検察は、いかなる点について説明をすべきであろうか。
 何よりも、政治資金規正法という、罰則の適用の方法いかんによっては、重大な政治的影響を与え、まさに政治的権力を行使することにもなり得る法律についてどのような方針で臨んでいるのかについて、検察のトップである検事総長が、検察の組織としての基本方針を説明する必要がある。
 とりわけ、本件の捜査に関しては、政治資金規正法の罰則適用が法の基本理念に反しているのではないかという重大な疑念が生じている。・・・
 堀田氏の見解とは異なり、筆者の言うように、他の手段では法律の目的が達せられない場合にのみ罰則を適用するという方針で臨んでいるということであれば、本件が、そのような場合に該当することについて、十分な説明が求められることになる。(以下略)


検察は説明責任を果たしたか(3/25)

 今回の事件は一般の刑事事件とは違う、政治資金規正法という民主主義の根幹にかかわる事件であり、それに対して検察がどのような罰則を適用し運用するのかは政治的に極めて重要な問題だ。したがって、検察は基本的な考え方をきちんと説明し、今回どんな考え方でこの事件を起訴したのかについて説明すべきだと主張した。


 ところが聞くところによると、検察からはそのような説明はまったくされなかったという。政治資金規正法は非常に重要な法律で、違反する行為というのは重大だという一般論的な説明のみしかされなかったとのことだ。
 今回のような事件を、こういう時期に政治的影響を生じさせてまで摘発したことについて説明責任を回避するというのは、検察としては許されない。なぜこの事件だけが悪質と言えるのか、結局まったくわからない。・・・


 検察の真の意図はどこにあったのだろうか。国策捜査だとか自民党つぶしなどとかの憶測を呼んだが、私はそのような高尚なものではなく、基本的ミス、誤算という可能性が強いと思う。