日銀総裁選びをめぐる、御用新聞の提灯社説ぶり


 少し留守にしていた間に、表題に掲げた問題をめぐって提灯社説が出るわ出るわ。一々あげつらう暇はないので、まとめて批判しておくことにする。


 日銀総裁選びをめぐる混乱が生じたのは民主党の責任だと? 馬鹿も休み休み言ってもらわなければならない。もともと民主党は、武藤氏を日銀総裁に任命することには反対すると初めから言っていたではないか。それなのにその武藤氏を総裁候補にした人事案を出してきて、しかもその案を現総裁の任期切れ直前に出してきた政府・与党こそが混乱に対して責めを負っているのは、理の当然ではないか。
(但し、民主党の中で小沢代表だけは、武藤氏を総裁とする案に対して必ずしも明確に反対でなかったかもしれないが、しかしそうだとすれば、小沢氏は未だに民主党という政党をよく理解していないことになる。民主党は、すわ選挙となるのでもなければ、代表の号令一下で動くような政党ではないのである。)


 私は朝日新聞までもが御用新聞だとは言わないが、しかしその朝日新聞も実に筋の通らない社説を出している。すなわち3月12日づけの社説は、民主党が財金分離論を言うのは「目指す政策がある以上、それにそぐわない人事に反対するのは理のないことではない」だと一方で評価しながら、武藤氏が「日銀の独立性の確保を明快な言葉で語った」ことから見て、民主党の反対に「説得力があるとは思えない」と言っている。しかし、単に言葉で言うことと、三十数年の役人生活で得た仕事のやり方やら人間関係のしがらみやらとの、どちらに重みがあるかと言えば、答えは歴然としているではないか。さらに、財務省事務次官経験者から日本銀行(すなわち中央銀行)への天下りが認められると、財務省の他の役人の銀行への天下りがやりやすくなる、逆に言えば、財務省事務次官日銀総裁になれないようだと、他の銀行への天下りもやりにくくなる、ということがあるようである。ならば、財務省から日銀への天下りはやはり辞めていただくのが妥当ではないだろうか。


追記(3月16日)
 民主党が武藤総裁案に対して反対する主な理由は、日銀の独立性を高めるための法改正が議論された折、改正反対に動いた財務省の指揮をとったのが当時の事務次官たる武藤氏だったという点にあるのだそうである。ならば、その武藤氏が日銀の総裁になるのは全くおかしいと断じてよいだろう。


 ところで、朝日新聞の次の記事によると、明日17日に人事案の再提示が行なわれるとのこと。よもや武藤総裁案を再び出してくることはあるまいが、この際民主党は明確な基準(例えば、財務省出身者の場合には、財務省以外の金融関係キャリアがある人物――名前が挙がっている中では、黒田東彦氏のように国際機関での経験があるのは評価に値しよう――に限る、といったような)を立てて人事案への賛否を表明するべきだろうと思われる。

武藤氏か差し替えか 日銀総裁人事、17日再提示
2008年03月16日21時07分


 政府は17日、日本銀行総裁人事で武藤敏郎副総裁の昇格案が参院で不同意となったことを受け、新たな人事案を国会に提示する。野党側は、武藤氏が再提示されれば、再び反対する姿勢を明確にしている。与党内では、「新たな候補に差し替えるべきだ」との意見が大勢になっており、現総裁の任期切れが19日に迫るなか、福田首相の最終判断が注目される。


 政府は7日、総裁に武藤氏、副総裁に白川方明(まさあき)・京大大学院教授と伊藤隆敏・東大大学院教授を充てる人事を提示した。しかし、衆参両院で同意されたのは白川氏のみで、参院で不同意となった武藤、伊藤両氏の人事案が白紙に戻ったため、17日に新たな対応策を打ち出す考えを野党側に示している。


 武藤氏の再提示については、野党の反対に加え、一度議決した法案などは同じ会期中に再び審議できないという「一事不再議の原則」に抵触するとの指摘があり、特に野党が多数を占める参院で採決される保証はない。


 自民党与謝野馨官房長官は16日のテレビ番組で、武藤氏再提示について「よほど大きな事情の変更がない限り、やるべきでない。参院で否決されたものをもう一度ぶつけるのは乱暴すぎる」と反対を表明。公明党内も「(武藤氏再提示は)与党の傲慢(ごうまん)と言われかねない。次善の策を考えるべきだ」(高木陽介広報室長)と、差し替えを求める意見が大勢だ。


 一方、民主党幹部は「一度不同意にした人間を出してこない限り、反対はないと思う。もし反対すれば、『反対のための反対』との論調がこれまで以上に大きくなり、得策ではない」と述べ、武藤氏以外が提示されれば賛成する可能性を示した。


 具体的な総裁候補について、民主党鳩山由紀夫幹事長は16日のテレビ番組で、司会者から財務官経験者の黒田東彦(はるひこ)・アジア開発銀行総裁、渡辺博史国際金融情報センター顧問両氏の名前を挙げられると、「財務官の方が世界が広い。国際金融に詳しいことは間違いない。財務省(出身)だからすべてだめと言っているわけではない。(両氏は)それぞれ素晴らしい方だ」と語った。


 政府・与党内で、総裁空席を回避するため日銀法を改正し、後任が決まるまで現職が続投できる規定を盛り込む案が浮上していることについて、民主党側は「日程的に無理だ。そういうやり方は非常に不安定だ」(菅直人代表代行)として、反対する考えだ。

(追記 以上)



 問題となる社説は以下のとおり。まず御用新聞たる読売新聞の3月8日づけ社説3月13日づけ社説3月15日づけ社説

日銀総裁人事 「財金分離」は理由にならない(3月8日付・読売社説)
 与野党は国会同意の手続きに沿い、早期に日銀の正副総裁人事を決着させるべきだ。


 政府が、人事案をようやく国会に提示した。福井俊彦総裁らの任期が切れる19日まで、あとわずかだ。


 政府の人事案では、元財務次官の武藤敏郎副総裁を総裁に昇格させる。副総裁には元日銀理事の白川方明・京大教授と、経済財政諮問会議議員の伊藤隆敏・東大教授を起用する。


 武藤氏は、ここ5年間、福井総裁を支えて金融政策に携わった経験や、経済界、政界に広い人脈を持つ点が評価されている。金融政策理論に明るい白川氏、国際派の経済学者である伊藤氏が、新総裁を補佐する体制だ。


 日銀の正副総裁の任命には、衆参両院の同意が不可欠だ。参院第1党の民主党が反対すれば、人事案は白紙に戻る。そのまま任期が切れれば、総裁が空席になる。


 そうなれば、米国の「サブプライムローン」問題で金融市場が動揺し、世界経済の不透明感が増している中で、日銀の政策運営に重大な支障が出る。日本政府への国際的な信認の低下も必至だ。


 民主党内には、財政政策と金融政策を分ける「財金分離」の観点から、財務省出身である武藤氏の起用に反対する意見が根強い。


 「財金分離」は、本来、旧大蔵省から銀行監督など金融行政を切り離す時に使われた言葉だ。


 それを民主党は違う意味で使っている。財務省出身者が総裁になっては、日銀に求められる政府からの独立性が損なわれる心配がある、という趣旨なのだろう。


 だが、財政当局の出身者が中央銀行のトップに就くのは、世界でも珍しいことではない。


 日銀総裁にまず求められる資質は、経済・金融全般にわたる知見と、あるべき政策を判断し、対外的に説明する能力だ。出身母体や経歴よりも、中央銀行の司令塔としての職責を忠実に果たせる人物かどうかが重要なのだ。


 今回の人事をきっかけに、国会は、主要な同意人事の採決前に、政府が提示した候補者から所信を聴くルールを作った。11日に衆参両院がそれぞれ聴取する。


 民主党をはじめとする野党は、その結果も踏まえ、冷静に人物本位の判断を下すべきだ。


 国会では、来年度予算案の参院での審議入りをめぐって与野党対立が続いている。だが、日銀総裁人事は、それとは完全に切り離して扱うのが、国民生活の安定に責任を負う政治の役目である。


(2008年3月8日01時31分 読売新聞)



日銀総裁不同意 民主党は責任ある対応を(3月13日付・読売社説)
 日本銀行の総裁が空席となる恐れが、一段と現実味を増した。政府が提示した日銀の正副総裁人事案への民主党の対応は、とても責任ある政党のものとは言えない。


 参院は本会議で、武藤敏郎副総裁の総裁昇格と、伊藤隆敏・東大教授の副総裁起用に、不同意とした。参院第1党の民主党など、野党が反対したためだ。


 白川方明・京大教授の副総裁起用には同意した。


 政府は、不同意となった2人について、人事案の出し直しを迫られる。福井俊彦総裁の任期は19日で切れる。同じ案を再提示するにせよ、候補者を差し替えるにせよ、残された時間は少ない。前例のない混乱ぶりだ。


 こうした事態を招いた責任の多くは、民主党にある。


 民主党は、財務省出身の武藤氏が総裁では、日銀の独立性が保てなくなるとして、人事案への不同意を決めた。だが、この主張には説得力がない。


 1998年に施行された新日銀法で、日銀の政府からの独立性は強化された。


 武藤氏も衆参両院での所信聴取で、日銀の独立性の重要さを強調し、自らについて「副総裁の5年間、100%日銀の立場でものを考えてきた」と述べた。それを覆す材料は見当たらない。


 政府と対立しながら厳しい金融引き締めを断行し、「インフレ・ファイター」と呼ばれたポール・ボルカー米連邦準備制度理事会FRB)議長も財務次官経験者だ。「財務省出身だから」というのは、反対理由にならない。


 民主党は、政府・自民党を追い詰めようとの思惑の方を、人物評価より優先したのではないか。それでは、日銀総裁人事を政争の具にしていることになる。


 民主党は、白川氏の副総裁起用には賛成した。衆院でも同意が得られれば、仮に総裁が空席となった場合には、「白川副総裁」が職務を代行することになる。


 だが、中央銀行総裁の重みを「代行」に求めるのは無理だ。日本の金融政策の先行き不透明感が増したと受け止められ、市場の信頼が低下する懸念が残る。重要な人事を決められない日本の政治への不信感も、増すことになる。


 野党、とくに民主党は、しっかりと責任意識を持って、事態打開のための与野党協議に応じるべきだ。総裁候補の安易な差し替えは、日銀総裁の信認を損なうことにならないか。そんな点も含め、冷静な判断を求めたい。


(2008年3月13日01時47分 読売新聞)



国会混迷 政治が経済をかき回すとは(3月15日付・読売社説)
 政治の混迷によって、日本経済や国民生活が混乱するようなことがあってはならない。


 今月19日に任期が切れる福井俊彦日銀総裁の後任人事が今もって決まらない。異様な事態である。人事をこれ以上、政争の具にしてはなるまい。


 政府が提示した武藤敏郎副総裁の昇格案は、与党多数の衆院で可決された。だが、これに先立ち、参院民主党など野党の多数で否決されており、「武藤総裁」案は白紙に戻っている。


 政府は人事案を再提示するが、問題なのは、民主党の対応だ。


 米国景気の後退懸念が広がり、ドルが急落した。円高・株安は国内景気にも深刻な影響を与えかねない状況にある。


 世界の金融市場の安定へ、各国中央銀行の連携が必要な時だ。日銀総裁の空白は、許されない。


 衆参両院が副総裁起用に同意した白川方明京大教授を総裁の代行とする案がある。だが、金融政策の司令塔としての重責は、「代行」では果たせまい。


 武藤副総裁の昇格案について、民主党は「財務省の出身者」ということを主な理由に反対した。余りにも視野が狭すぎる。市場関係者や経済界の中からも、失望する声が出ている。


 再提示される人事案に、民主党は今度こそ、参院第1党の責任ある対応をしなければならない。


 ガソリン税暫定税率を維持する税制関連法案に対する民主党の対応にも、疑問が多い。


 民主党など野党の審議拒否で、参院の予算審議入りは大幅に遅れた。税制関連法案の審議も、来週以降に持ち越された。


 3月末の暫定税率の期限切れが迫っている。


 1月の衆参両院議長の斡旋(あっせん)で、税制法案は「年度内に一定の結論を得る」とし、法案を採決することで与野党が合意している。これを反故(ほご)にしてはならない。


 そのためには、法案の修正協議が必要だ。福田首相は与党に修正案の作成を指示した。政府・与党は修正案をまとめ、民主党との協議で早期合意を図るべきだ。


 道路特定財源一般財源化を進めることや、暫定税率を維持する期間の短縮、59兆円にのぼる道路整備中期計画の見直しなどが、修正のテーマになるだろう。


 民主党は、福田政権を追い込むためなら、ガソリン価格を短期間に変動させ、国民生活を混乱に陥れてもよいと考えているのだろうか。これでは政権をめざす政党とは言えまい。


(2008年3月15日01時48分 読売新聞)


 次に、経済界の太鼓持ちである日本経済新聞3月12日づけ社説3月13日づけ社説3月14日づけ社説

社説1 「不同意ありき」の民主党は無責任だ(3/12)
 衆参両院の議院運営委員会は、政府が日銀の次期総裁候補として示した武藤敏郎副総裁らから所信を聴取し、質疑をした。国会同意人事の新ルールに基づく初の所信聴取である。武藤氏は「日銀の独立性をしっかり確保したい」と表明した。


 カギを握る民主党は「財政と金融政策の分離」を理由にして、「武藤総裁」に反対する方針を決めた。所信聴取の前から、民主党内は反対論が大勢を占めていた。初めから不同意ありきでは、新ルールが生かされない。これが責任ある政党の対応なのだろうか。極めて遺憾である。


 議運委は副総裁候補の白川方明京大教授と伊藤隆敏東大教授からも所信を聴き、質疑をした。民主党は白川氏に同意するが、一定の物価上昇率を目指し金融政策を運用するインフレ目標論を支持する伊藤氏の起用には反対することも決めた。


 武藤氏は質疑で、日銀の超低金利政策について「わが国経済の置かれた状況を考えた場合には、必要かつ適切であった」との考えを示した。財政規律の観点から、日銀が国債を買い取る買い切りオペに問題があったと指摘されると「国債買い切りオペが財政支援だというふうには全く考えていない」と理解を求めた。


 国債買い切りオペは、回復力の弱い日本経済を支えるため、低めの長期金利を維持する役目を果たした。それを含めて一連の質疑を通じ、武藤氏に「総裁不適格」と判断されるような発言があったとは思えない。


 また財務省幹部経験者が中央銀行総裁に就任することは、米欧でも珍しくない。日銀が金融政策の独立性を保つことと、政府と連携することとは必ずしも矛盾しない。


 民主党の「財金分離論」は結局、武藤氏が財務次官経験者だからふさわしくないと言っているようにしか聞こえない。不同意にするなら、もっと説得力のある説明が要る。


 福井俊彦総裁の任期が今月19日に迫り、残された日数は少なくなった。総裁空席となれば、内外の金融市場などの混乱は避けられず、国際社会での日本への信頼感が失墜しかねない。日銀総裁人事がここまで混迷した責任の一端は、福田康夫首相にもある。もっと早く提示することはできたはずだ。


 国会の同意人事は、衆参両院で多数の同意を得る必要がある。他の野党も「武藤総裁」阻止で足並みをそろえ、参院本会議で採決すれば不同意の公算が大きい。互いに突っ張り合うだけでは不毛である。与党と民主党は党首会談などで事態打開に動くときだ。



社説1 日銀総裁の空席回避が日本の責務(3/13)
 世界の金融が不安の連鎖の瀬戸際にあるのに、日本の参議院は政府の提示した武藤敏郎日銀総裁案を否決した。米欧の主要中央銀行が緊急の資金供給策を発表したとはいえ、米国発の国際金融危機は深刻だ。日銀総裁の後任人事を早急に決めることは、日本の国際的な責務である。


 米欧の対応の中でも注目されるのは、米連邦準備理事会(FRB)が金融機関の保有する連邦機関債などを一定期間引き取り、国債と交換する策だ。その国債を担保に金融機関が資金を調達できるようにする。


 これは単なる資金繰り支援策にとどまらない。そもそもファニーメイ(連邦住宅抵当公社)やフレディマック(連邦住宅貸付抵当公社)などの連邦機関債は、実質政府保証を裏付けに最上級の格付けを持ち、信用度には問題がないはずだ。にもかかわらず、資金繰りの悪化したファンドなどが換金売りを余儀なくされ、市場が混乱状態に陥っている。


 サブプライムローンに端を発した金融混乱が最も安全なはずの市場にまで及び、事態は深刻な「信認の危機」に向かいつつある。米連邦機関債は海外当局が外貨準備の一部として大量に保有する債券でもある。現状を放置すれば、ドル危機の引き金ともなりかねない局面といえる。


 米欧中銀の連携で金融機関の資金繰りが一時的に緩和しても、油断はできない。米金融機関は短期金融市場で深刻な資金の流出超過に見舞われている。短期市場で資金が調達できないのは、1997年ごろの邦銀をほうふつさせる異常事態だ。


 問題の根本には、住宅バブル崩壊に伴う不良債権証券化市場の機能マヒがある。金融機関の自己資本不足への不安感が、金融市場の疑心暗鬼を増幅させている。


 もはや何らかの公的な関与が不可欠な段階ではないか。例えば、FRB政府系金融機関の発行した証券化商品を買い切るべきだとの提案がある。あるいは、銀行が住宅ローンの元金の一部を免除したうえで、米連邦住宅局(FHA)が残りのローンを買い上げてはどうか、という提案もある。ブッシュ政権は公的関与に消極的だが、米国発の金融不安の拡大を抑えるには、病根を除去するような対応が必要であろう。


 日本はサブプライム問題の直接の影響は小さいとはいえ、ねじれ国会の下で福井俊彦日銀総裁の後任人事が暗礁に乗り上げている。危機の歯止め役になるどころか、余計な不安材料を加えるようなありさまだ。政治は金融危機の実態を見据え、国際的な責任を果たすよう動くべきだ。



社説1 今こそ与野党は事態打開に動け(3/14)
 国会は正念場を迎えている。日銀総裁人事は副総裁候補の白川方明氏のみが衆参両院の同意を得たが、19日に任期切れを迎える福井俊彦総裁の後任総裁は空席になる懸念が強まっている。


 空転していた参院予算委員会の審議が13日から始まった。だが、ガソリン税暫定税率を含む税制関連法案の参院審議は大幅にずれ込み、このままでは3月末に期限切れとなり、財政上支障が出る可能性が再び強まってきた。経済運営や国民生活の混乱を回避するため、今こそ与野党は事態打開に動くべきである。


 衆院は政府が提示した武藤敏郎総裁、白川方明伊藤隆敏両副総裁の日銀人事案に同意することを議決した。この結果、参院が不同意とした武藤総裁、伊藤副総裁について政府は発令できず、宙に浮く形になった。白川氏が副総裁に就任すれば、総裁が空席になっても白川氏が総裁職を代行することはできる。


 しかし、世界的に市場が動揺し、円相場は一時、12年ぶりに1ドル=99円台をつけた。日経平均株価も昨年来安値を更新するなど不安定な現状をみれば、日銀総裁空席の事態は絶対に避けなければならない。


 総裁代行ではいざというときに決断をためらうこともありうるし、国際的な発言力にも陰りが出よう。日本の国際的な信認にかかわる問題である。与野党とも空席回避に向けて真剣な努力を傾けてもらいたい。


 一方、税制関連法案の参院審議は予算委空転のあおりを受けて大幅に遅れ、審議日数が極めて限られた状況になっている。道路財源をめぐる与野党の修正協議も進んでおらず、このままでは衆参両院議長が裁定で示した法案の月内採決は難しい情勢になりつつある。


 道路財源問題はすでに衆院の審議段階で国土交通省の関連団体による無駄遣いの実態が次々と明るみに出た。10年間で59兆円とする中期道路整備計画の積算根拠についてもあいまいさが指摘されてきた。こうした議論も踏まえて与党は大胆な修正案を提示して事態を打開すべきである。厳しい財政状況を考えれば、現在の税率は維持しつつ一般財源化を図ることが望ましい。


 日銀人事と道路財源問題は本来絡ませるべき問題ではないが、現実の問題として政治的には絡み合う展開になりつつある。道路財源問題で大幅な譲歩をして、日銀人事では民主党の軟化を促すような政治判断があってもいいはずである。民主党も混乱回避へ参院第一党にふさわしい責任を果たすべきである。


 最後に、朝日新聞3月12日づけ社説3月13日づけ社説3月15日づけ社説

日銀総裁人事―腑に落ちぬ不同意の理由(3月12日)
 注目の日本銀行総裁人事で、民主党は政府が提案した武藤敏郎副総裁の昇格に同意しないことを決めた。

 他の野党も不同意の方針なので、きょうの参院本会議で人事案は否決される見通しだ。福井俊彦総裁の任期切れが19日に迫っている。なのに政府は後任を決められない。なんとも異例の事態を迎えることになる。


 私たちは民主党に対し、大局的な見地からこの人事を慎重に検討するよう求めた。きのう武藤氏らが国会で所信を述べてから時を置かず、不同意を決めたのは残念というよりない。


 人事に反対する最大の理由は、「ミスター財務省」と呼ばれた武藤氏の出自にあるようだ。


 日本の金融政策のかじ取りにあたっては、財政当局や与党の圧力をはねかえす強い独立性が必要だ。武藤氏は財務省にいたころ、財政と金融の分離を妨げるような議論をしていたのではないか――。そんな主張である。


 もう一つ、武藤氏が副総裁としてこれまでの超低金利政策を支えてきたことも批判している。不良債権に苦しむ金融機関などに有利な環境をつくる一方で、預金者の利子所得を奪うなど家計に深刻なしわ寄せを生んだということだろう。


 野党とはいえ、目指す政策がある以上、それにそぐわない人事に反対するのは理のないことではない。


 だが、ことは日本の金融政策の司令塔をだれにするかという問題だ。民主党の反対理由を聞いても、政府が最終的に任命責任を負う重い人事を覆すほどの説得力があるとは思えない。


 国会の所信聴取で、武藤氏は日銀の独立性の確保を明快な言葉で語ったし、副総裁としての5年間にそれを疑わせるような言動はうかがえなかった。金利政策にしても、福井総裁の下でのことであり、基本的にはデフレ脱却のためのやむを得ない策だったと私たちは考える。


 さらに腑(ふ)に落ちないのは、今回の不同意方針に福田首相を追い詰めようとの政局絡みの思惑が感じられることだ。


 このまま突き進めば、民主党も返り血を浴びかねない。円高と株安が連鎖的に続く不安定な経済情勢を見れば、日銀総裁人事が混迷するマイナスは大きい。まして空席になるとすれば、首相の責任だけでなく、民主党も責めを負わねばなるまい。


 むしろ、国民の多くが野党に期待するものは別のところにあるのではないか。それはガソリン暫定税率道路特定財源の固い岩盤に穴をあけ、納得できる修正案をまとめることだ。


 民主党が主導権を握る参院に舞台が移ったいまこそ、徹底的に政府与党に論戦を挑み、存在感を見せるべきだ。そう感じる人は少なくないはずだ。


 もう一度、民主党に問いたい。ここが政権とことを構える勝負どころなのか。大局的な判断をすべき時だ。



武藤氏不同意―「困ってます」では困る(3月13日)
 がっかりして、力が抜ける思いである。注目の日本銀行総裁人事は結局、参院民主党など野党の反対で政府提案は不同意となり、白紙に戻ってしまった。


 政府与党と野党は、何の工夫も知恵もないまま、激突への坂道を転がっていった。総裁の任期切れははるか以前から決まっていたことだ。なのに、現実的な解決を見いだせない。その結果、日本の金融政策のトップが不在になりかねない。政治のあまりの無策にあきれる。


 この異常事態の背景には、二院制の制度的な不備があるかもしれない。


 衆参両院の意思が異なった場合、首相指名や予算案などは衆院の議決が優越するし、一般の法案でも衆院での3分の2の多数で再可決することができる。


 だが、日銀総裁などの同意人事には、そうした打開のための規定がない。


 歴史的には同意人事にも衆院の優越規定が存在していた。会計検査院の検査官や公正取引委員などは当初、その規定が盛り込まれていた。


 それが法制定後まもなく、参院重視の見地から改められ、最終的には99年の会計検査院法の改正で衆院の優越はなくなった。これを主導したのが参院自民党だったのは皮肉なことだ。


 総裁らを同意人事の対象とした97年の日銀法の改正でもそれを踏襲した。


 参院の権威と存在感を高めるという目的が優先したのだろう。同意人事は政争の具とせず、政党は理性的に判断する。そんな期待があったに違いない。


 それは楽観的に過ぎたようである。だが、福田首相のように「困ってます」と嘆いていても始まらない。まずは首相こそ、もつれた糸を解きほぐす努力を始めるべきだ。


 そもそも民主党内には、武藤敏郎副総裁の昇格を認める動きもあった。それを見極めようと、人事案の国会提示を遅らせた首相の判断は分からぬでもない。


 だが、その一方で衆院で予算案などの採決を強行したのが間違いだった。ただでさえ難しい人事が、政争のまっただ中に置かれてしまった。民主党は本来なら冷静に対応すべきところだったが、逆に反対でまとまってしまった。


 参院での人事不同意を受けて、与党は民主党に政党間協議を呼びかけるという。与党側はこれまでの非を率直に認めて、総裁ポストを空席にしないために協力を求めるしかあるまい。


 ガソリン暫定税率などの修正案づくりの時間切れが迫っている。総裁人事とごちゃまぜにすべき話ではないが、落ち着いた与野党協議の環境をつくるなかでともに出口を探るのが現実的ではないか。


 民主党も一度は武藤氏反対を通したのだから、そろそろ拳の下ろしどころを考えてはどうか。不安定な経済情勢をはじめ、ガソリン税や道路財源での対決といった大局を見据えるべきだ。


 与野党ともに、軟着陸のための知恵と勇気を発揮してもらいたい。



世界経済動揺―首相は日銀人事で決断を(3月15日)
 世界の経済金融情勢が動揺している。東京市場では株安と円高が進み、一時は12年4カ月ぶりに1ドル=100円の大台を突破した。円高というより、ドルの全面安。動揺の震源地である米国の経済自体が売られている状態だ。


 発端は、米国の低所得者向け住宅融資(サブプライムローン)を組み込んだ証券の暴落だった。住宅相場の下落が進み、最近は暴落が優良顧客向け住宅ローンへも広がって、第2段階に入った。関連する証券がすべて売られている。


 投資証券の暴落と関連する融資の焦げ付きがふくらんで、大手の投資ファンドや証券会社に対しても経営危機説が流れ始めた。米連邦準備制度理事会FRB)のバーナンキ議長が「中小金融機関の多少の破綻(はたん)はありうる」と発言して、市場はさらに揺れた。


 ドル離れした資金は、値上がりが期待できる石油や金、穀物など資源絡みの市場に流れ込む。ドル安とエネルギー・資源高の悪循環という様相が深まり、米国を中心に物価上昇と景気悪化の板挟みになる懸念が募っている。


 欧米の通貨当局は、短期資金の市場へ大量の資金を供給して火消しに躍起だ。


 いま日本にできることは限られているが、常に欧米当局と情報交換して、市場の急変に備えておかなければならない。場合によっては、主要7カ国財務相中央銀行総裁会議G7)を緊急に開くことになるかもしれない。


 そんな不安定な事態のなかで、日本の金融政策のトップ、日本銀行の総裁が決まらない。福井俊彦総裁の任期切れは19日に迫る。福田首相は、野党に拒否された武藤敏郎副総裁の昇格案を再び提案するか、新たな候補に差し替えるか、この週末をかけて考えるという。


 首相には「ベストの人選」と大見えを切った武藤氏を断念することにためらいがあるようだ。意地もあろうし、自らの政権の求心力もかかっている。


 だが、ここは考えどきだ。武藤氏にいくらこだわっても、出口はないというのが客観的な状況ではないか。


 私たちは、武藤氏に対する民主党の反対理由に十分な説得力があるとは思わない。だが、政局への思惑もあって、その反対姿勢は崩れそうにない。


 さらに江田五月参院議長は、いちど不同意となった人事案が再び提示されても、「一事不再議」の原則から審議できないとの見解を示している。首相がもう一度と思っても、参院では門前払いにされる可能性が強いのだ。


 経済の状況によっては、機敏な金融政策やG7としての対応が迫られることもありうる。その時に日銀総裁が不在とあっては、国の利益にかかわりかねない。


 首相は新たな人選を急ぎ、週明けの国会に提示すべきだ。民主党も政局的な思惑を離れ、冷静に判断してもらいたい。


 局面を打開するための勇気と決断を、首相に求めたい。