自民党出身の大臣に問題が絶えないのはなぜか


 遠藤武彦農水相が辞任するという。どうぞご勝手に、馬鹿馬鹿しい、という一言に尽きるが、しかしそれにしても、自民党出身の大臣に問題が絶えないのはなぜかと、改めて思わざるをえない。そしてこの問いに対して、全くの想像にすぎないが、一つのありうべき答えが思い浮かんだので、ここで記しておくことにする。


 自民党出身の大臣に問題が絶えないのはなぜか。実は、今回の遠藤氏のケースに見られるような、政治にたかるという精神が、問題の根にあるのではないか。より正確に言うなら、自民党の政治家を支え支持する人々の間には、政治とは公金にたかることだ、という考えが蔓延しているのではあるまいか。もしそうであるなら、今回のような問題は決して絶えることがないだろう。


 政治とは公金にたかることだ――このような考えによれば、例えばなぜ自民党の政治家が、政治資金の透明化を図る趣旨の政治資金規正法改正に対して消極的なのかも説明がつくように思われる。つまり、自民党の政治家は、慶弔費だなんだといったことで、つき合い上出て行く出費をたくさん抱えており、その一々に領収書を添付したりするのが面倒或いは不可能なので、規正法改正に反対なのだろうと思われるが、それは、裏返して見るなら、政治家は慶事また弔事でカネを出すのが当然、つき合い上支持者にカネを渡すのが当然だ、という考えが支持者の側に存在することを意味する。


 また、政治とは公金にたかることだ――このような考え方と、「政治とは口利きだ」という、自民党政治家の間によく見られる考え方とは、非常に調和的である。


 ところで、ここでなぜ話を自民党の政治家に限定するのか。民主党の政治家の中にも同様な政治家は一部にはいるかもしれないが、しかし、よく言われるように、民主党の政治家は自民党の政治家よりも風まかせの度合いが強いのではないか、つまり、選挙区の有権者とのつながりがより希薄なのではないか、と思われる。有権者とのつながりが希薄なことが良いかどうか、一概には言えないだろう。しかしことカネの問題に関しては、それは清潔さにつながりやすい。(だからもちろん、逆を言えば、民主党の政治家の中でも自民党の政治家のように土着化を進めつつある人の場合には、有権者側の同様なたかり意識にからめとられている可能性はある。例えば、先に逮捕された前福島県知事の収賄事件との関連で、民主党玄葉光一郎は不適切な政治献金の受領を指摘されていた――と書いてからWikipediaを見ると、なんと玄葉氏はその佐藤栄佐久福島県知事の娘婿だったとのこと。こいつは、掘ればいろいろ問題が出てきそうではある。)


 自民党の政治家を支持し支える人々の政治意識こそが、今最も吟味されるべき問題なのかもしれない。


 それにつけても――或いは(今回の記事に即して言えばむしろ)、だからこそと言うべきだろう――、議員の世襲は政治から駆逐されなければならない。