バチカン図書館の閉鎖と、文化遺産「保存」のあり方

 或るメーリングリストからの情報で知ったが、来たる7月14日からバチカン図書館が、少なくとも向こう3年の間閉鎖される予定だという。寝耳に水とはこのことだが、まず情報の出典を示しておくと、このページの上の方に
「The Vatican Library will be closed for three years from July 14, 2007 for important renovations.」
というテロップが流れている。そして、このリンクから見られるのが、どうもその「renovations」を行なう企業の宣伝ビデオらしい。


 率直に言って、当のビデオを見ても、今回の「renovations」によってバチカン図書館の所蔵物が飛躍的に利用しやすくなるというふうには見えなかった。重点はむしろ安全対策にあるのかもしれず、だとすれば例えば、これまではまだしも原本が見られた古代の写本などが、今後はヴァーチャルでしか見られなくなるというようなことが起こるのではあるまいか。古物の保存とアクセスの容易さとが両立困難な事柄であるのは言うまでもないが、しかし、アクセスが不可能になるようなことがあるのでは、そもそも当の古物を何のために保存しているのかということになりはしないだろうか。


 この関連で、文化遺産保存について日ごろ思うことを記しておきたい。ここで問題にする文化遺産とは、(今回たまたま図書館をめぐる話でもあるので)図書及びそのたぐいだが、こういったものについては、著作権が切れているものはすべからく公共の財産として広くアクセス可能にすることが望ましい。この点で最も賞賛に値するのは、フランスの国立図書館が運営している「Gallica」というサイトである。ここでは、活版印刷の導入以降に作られた書物(写本のコレクションも一部含まれているようである)が、(もちろん基本的にはフランス語で書かれたものが、だが)広く公開されている。私自身、ここから既に相当量のファイルをダウンロードさせてもらっている。フランスの国立図書館がこれにかけている労力は大変なものであってひたすら敬意を表するほかなく、また、これがサルコジ大統領の登場によって縮小されるなどということがないよう願うほかないが、ともあれ、フランスの文化先進国としての自負がこのような試みの実現へとつながったものであろう。イギリス、ドイツ、イタリアなど他の主要な文化国家でもこれに追随してほしいものであり、そしてもちろん、バチカンもこれに倣うことこそが望ましい(私が知っている他の例としては、アンデルセンキルケゴールを輩出したデンマークの国立図書館の試みがある)。我が日本はというと、「近代デジタルライブラリー」なるものがあり、明治時代についてはかなりの図書が網羅されているようだが、使い勝手(ダウンロードなど)の面ではフランスに劣ると言わざるをえない。そう言えば英語圏についてはGoogleが古い書籍の電子ファイル化を進めているというニュースが以前に報じられていたが、その後どうなったのだろうか。不案内にして事情を知らない。


 こういうことこそ掛け値なしに文明の進歩を意味するのであって、そして進歩の果実は可能な限り多くの人々がこれを享受できることが望ましい。その面からも、現在議論の的となっている著作権保護期間の拡大は百害あって一利なしである(なお、著作権保護期間延長の問題に関する本ブログの記事はこちら)。


追記
 バチカン図書館に照会をしてみたところ、例えばマイクロフィルムの複製といった部門は図書館閉館中も従来どおり活動を続けるのだそうである。・・・こんなことを照会するのはよほどの変わり者だと言われるだろうか。