先の国会での教育基本法参議院審議(12月14日)をめぐって

 ここで書いておきたいのは、参議院教育基本法に関する特別委員会での上記審議の中で、民主党の櫻井充議員が行なった質問についてである。国会質問を政党で見た場合、最も優れているのが共産党だというのは周知の事実だが、民主党の櫻井議員の質問は共産党の議員の質問にひけをとらないものだと言ってよいのではないだろうか。民主党内で見れば、舌鋒の鋭さという点では菅直人代表代行と肩を並べるし、さらに質問内容の実質という点から言えば、民主党随一だと言ってよいように思われる。


 教育基本法改正との関係では、上記審議において櫻井議員は「規範意識」をキーワードとして盛んに質問を行なっていたが、実際、今回の法改正では、締め付けを強くする方向で改正が行なわれたと言ってよく、その主旨はと言えば「規範意識(の強化)」であると言ってよかろう。しかしながら、櫻井議員が言うように、「規範意識そのもの自体を政府がつくるような形になってしまうのはおかしいんじゃないか」。なぜかと言えば、何をして良い、何をしてはいけないという場合、その各々の規範について個々人が行なう理由づけは多様でありうるのであり、そしてそれは価値観・価値判断の領域に入っている。つまり、規範意識を政府がつくるということは、政府が価値観・価値判断の領域に踏み込むということを意味するが、本来、政治は価値観の多様さを前提とした営みでなければならないはずである(そうであって初めて、例えば思想の自由ということを憲法で掲げることに意味が出てくる)。だから、「規範意識そのもの自体を政府がつくる」のはおかしいのである。安倍は頭が悪いからわかっていないのかもしれないが、政治が価値観・価値判断の領域に踏み込んではならないこと、これは政治のイロハに属することであるはずである。このことを安倍にわからせ、また安倍を盲信する国民にわからせる必要があるようである。


 上記審議で取り上げられたのは教育基本法関連の問題だけではなく、教育格差との関連で格差社会の問題が取り上げられている。特に注目すべきは例えば次の点である。

 今総理は、経済成長を遂げてその果実をみんなでと、分配するというようなお話をされましたが、決してそうではありません。
 私は宮城県の仙台ですが、東北はまだまだ経済は良くなっておりませんし、特に中小企業など極めて大変です。大企業そのもの自体が利益を上げているのは、その下請であるとか孫請であるその中小企業そのもの自体の利益率を抑えてやっている、上げていること、それともう一つは、先ほど申し上げましたが、非正規社員を物すごい勢いで増やしていって、そして賃金を抑制しているから、労働者に対しての分配率を落としているから結果的にはその企業が成長を遂げているだけの話、利益を上げているだけであって、経済が成長し、果実は上がっているかもしれないけれど、それが多くの人たちに分配されているわけではありません。そういう認識を持たれているということは、私は、一国のトップとして決していいことでは、ふさわしいとは私は思えませんがね。


 今の企業の好業績が労働分配率を引き下げた結果であるというのは周知の事実だろうが、ここではまずこの事実を確認しておく必要がある。というのは、では労働者がもらいそこねた分が誰の懐に行っているかという問題に、それは関係しているからである。この点について櫻井議員は次のように指摘している。

 構造改革という手段を用いて本当にこの国そのもの自体が変わってきているのかどうか。それからもう一つは、その構造改革そのもの自体が日本の意思で行われているのかどうかということが私は極めて大きな問題だと思っています。
 例えば、これは一九九六年の十一月十五日に日本政府とアメリカ政府と、行革、競争政策に関しての要望書でございますが、そこの中で、雇用政策として、アメリカからの要望書として、できれば、日本の場合には、労働者は、労働者の移動を妨げるある種の特徴を持っているから、それを変えてくれという要望書が来ているわけですね。結果的に、それに沿って平成四年の三月から、改正労働者派遣法が施行されてから労働者の分配率も下がっていますし、それからもう一つは、非正規雇用の人たちがどんどんどんどん増えてきていると。
 つまり、構造改革のときに僕は竹中大臣や小泉総理と随分やりましたが、結果的には、その対日要望書というものがございます、その対日要望書そのもので要望されている社会にどんどんどんどん変わってきているんですよ。ですから、そういう点でいうと、この国の構造改革がもし手段であるとすれば、だれのためにそういう形で変えていっているんでしょうか。
 先ほどの労働者の分配率のところをもう一つ申し上げておきますが、日本の最大の企業の今最大の株主はもう外国人になっています。外国人の株主が二六%もいます。つまり、その人たちを優遇して、そして日本人の労働者の賃金を低く抑えて、結局は日本人が一生懸命働いた対価はほかの国に流れていっているというのが現状ですよね。


 労働者の地位が不安定化したのも、アメリカ政府の年次改革要望書の要求に端を発しており、そして、労働者がもらいそこねた取り分は外国人株主へと渡っているというわけである。これはもちろん、与党である自民党が唯々諾々とアメリカの要求に従うからこうなるのであって、自民党を支持する馬鹿どもの多くはその点に対してどこまでも無知なのだろう。
 さらに櫻井議員は次のように指摘している。

 海外からの投資は、いい投資と悪い投資があると私は思っています。
 つまり、企業が成長するために持続的に投資してくれる、そういう投資は、本当にこれはウエルカムですよ。ところが、今はそうじゃないんですね。そこの企業のところをMアンドA、乗っ取るとは言いませんが、ある種そこの企業のところからキャピタルゲインを得るとか、それから、資産が多いからその資産を売却してそこで利益をすぐ出せとか、そういう形で、ただ単純に利益を搾取するような形になっていっているのは、私は、これは投資と呼ばないんだろうと思っています。
 ですから、その中で、長期間の投資なのか、それとも短期の利益を目的としたお金なのか。今のお金の動き方を見ると、短期の利益を目的とした、投資と言うべきものではなくて、むしろ投機と呼ぶべきようなものが多くなっているというところに私は問題があるんだろうというふうに思います。


 この点は本ブログでも12月2日づけ記事で指摘した点だが、外資の日本への投資は、残念ながら雇用の増大にほとんどつながっていない投機的な投資だ、と言ってよいのではないだろうか。投機的な投資がもたらすのは、益よりも害が大きいのではないかと思われる。郵政民営化が進んで郵貯簡保の資金が海外に持っていかれてからでは、目も当てられなくなる恐れがある。国内の資金が依然潤沢に存在する今のうちに、投機的投資に対する規制を日本は行なうべきなのではないか(やり方は上記12月2日づけ記事に書いたとおり)。もちろん、一時的には外資の引き上げが起こるかもしれないが(そのショックに耐えられるためにこそ、国内資金が潤沢に存在することが必要だと思われる)、日本企業の競争力の強さに鑑みて、再び外資は戻ってくるだろうと思われる。また、外資の一時的逃避によって相当規模(数十円程度?)の急激な円安がもたらされるだろうが、それは輸出にとってはむしろ好材料であり、その結果黒字が増えて、再び為替相場円高方向へと振れるだろう。こういうことはやるなら今のうち、なのである。


 このようなことを素人が言っても仕方ないのは、もとより百も承知である。しかし、経済学者が揃いも揃って市場メカニズム原理主義者である現状では、こういうことは誰かが言わなければならない。しかるべき学者が登場するのを、或いは既にいるならそのような学者の発言がもっと聞かれるようになるのを、心から希望する限りである。


追記(12月25日)
 次の記事を目にしたが、
<安倍首相「高収益企業は家計に分配を」 経営者に求める>http://www.asahi.com/politics/update/1225/009.html
「収益を上げている企業の皆様が、企業から家計に所得が移っていくようにご尽力をたまわりたい。みんなが実感できる景気にしていかなければならない」
と言うこと自体は、別に悪いことではない。しかし首相は、単に言うだけでなく、政策的に「企業から家計に所得が移っていくように」誘導する措置を講じることができる立場にある人間である。そういう措置を講じずにお願いをするだけでは、真剣味がないと疑われて当然だろう。


 また、安倍は同じ席上で「非正規労働者が均衡待遇を得られるよう同一労働・同一賃金もぜひ」とも言ったとのこと。しかしそのやり方が、正規労働者の待遇を悪化させることによる「同一労働同一賃金」なら意味はないのであって、非正規労働者を上に押し上げる方式での「同一労働同一賃金」でなければならない。ここもまた、例の「労働ビッグバン」との関連で注視が必要な点である。


 今日の新聞でも説明があったように、安倍内閣の経済政策は成長指向と言ってよいものらしい。間違っている政策だと思う。