ビラ配りをどう扱うべきか――知恵の問題


 先日、ビラ配りを行なった人が住居不法侵入罪に問われて逮捕された件で、地裁判決があった。リンクの記事
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/kishanome/news/20060914ddm004070036000c.html
は、その判決をめぐる或る新聞記者の感想を載せたものだが、まず無罪判決が言い渡されたのはきわめて当然であり、それをことさらに評価する必要は全くない。無罪でなければならないのであって、立川の反戦ビラの裁判が高裁段階で有罪を言い渡したことの方こそが問題――憲法基本的人権にかかわる大問題――なのである。


 それはさておき、この種の報道を聞くにつけ、問題をなくすためにはもっと知恵が必要なのではないかとつねづね思う。その知恵とは具体的には、どうやったら自分の家の戸の前まで人を来させずに、かつビラその他の配布物を受け入れることができるようにするか、という問題に関する知恵である。


 ビラ配りをやった経験から言うと、集合住宅の場合に、建物の入口近くに郵便受けがまとまってあると、配る側は大変に助かる。一々他人の家の戸の前まで行かずに配布物が配れるからである。これは、何かを配った経験のある人なら誰もが思うことではないだろうか。そして、郵便受けがそのようにまとまってあるなら、受け取る側も、他人が自分の家の戸の前まで来ることを原則として心配しなくてよくなるのである。


 今回の地裁判決が出たのは、そういうふうになっていない集合住宅においてだったのではなかろうか。


 もちろん、建物の入口近くに郵便受け(たいていの場合、地上階に設置されることとなろう)がない場合の方が、郵便物を受け取る側は便利だという面もあるかもしれない。例えば新聞など、家のところまで持ってきてくれれば、その方が便利だということは容易にわかる。しかし、そのように思う人にとっても、そうでない受け取り方でよい(つまり、地上階の郵便受けに入れてもらえばよい)という配布物はあるのではないか。だとすれば、家の戸で受け取るほかに、建物の入口近くにも郵便受けを設置することは、有用でありうるはずである。


 そして、言うまでもないが、そんな配布物は受け取りたくないという人にとっても、建物の入口近くに郵便受けを設置することは有用でありうる。なぜなら、その入口近くの郵便受けに「ビラお断り」という表示を出せば、ビラを配る人がわざわざ家の戸の前にまで来ることはなくなるだろうからである。(この関連で、オートロックがある集合住宅の場合には、もちろん、ロックがかかる扉の外側に郵便受けを設置するのがよい。)


 こう考えてくれば、ビラ配りをめぐる、今回訴訟となったような実に馬鹿げた問題は、建物の入口近くに集合的な郵便受け(「集合的」といってももちろん、個々人の箱が別々になっているような郵便受けのことを言っているのである)を設置すれば、まず99%解消できるのではあるまいか。それだけの知恵で、ビラを配る方も受け取る方も、わずらわしさから解放されるのである。日本人よ、もっと頭を使えと言いたい。