小沢民主党代表はなぜ自ら世論に打たれようとしないのか


 前回の記事から一か月近くが経ってしまったが、幸か不幸か、この間に政治の状況はさして変わっていない。与党は、敵失によって内閣支持率が若干持ち直したとはいえ、依然20%台を低迷しており(対して不支持率は一度も50%を下っていない)、とてもではないが解散に打って出る勢いはなく、対して野党は、次期政権を狙うべき民主党が代表秘書の逮捕・起訴以来、言わば足かせがはめられたような按配で、少しも動きがないような状況にある。これが3月中旬以来の日本の政治の膠着化の状況である。


 本ブログは政権交代を期待しているので、こういう状況下にあっては当然民主党に対して物申したい気分になる。とりわけ苦言を呈さなければならないのは、小沢代表自身に対してである。既に書いたように、小沢氏が代表に留任することは、政権奪取を狙う民主党にとって最善の選択ではなかった。小沢氏が代表でなくとも民主党はまとまれるのでなければならず、政権奪取に向かって一丸で向かっていけるのでなければならない。小沢氏秘書の起訴時に小沢氏が代表を辞任することは、そのことを示す良いチャンスでもあった。民主党はこのチャンスを失った。これによって、例えば、ここのところ小沢氏に対する批判を強めている政治評論家の森田実氏の見方(私はこれが100%正しいとは思っていないが)を裏打ちする皮肉な結果に陥っている。もちろん、一評論家が言うだけなら大した問題ではないだろうが、しかしこのような見方は、時間が経つにつれて確実に人々の間に浸透していくものであり、それこそが憂慮すべきことなのである。


 そして民主党は、小沢氏が代表にとどまり、かつ氏が、世論の矢面に立っていく姿勢をからきし示さずに代表であり続けることによって、ずるずると支持率を低下させてきている。大変残念な事態だと言わざるをえない。先日から氏は全国行脚を再開したとのことだが、しかしそのやり方も、各地の選挙の候補者事務所で支持者に向かって内輪で話をするのが主らしく、しかも自分にかかっている問題(多額の献金についてどう説明するか等)を丁寧に説明しようという姿勢は見られないようである。これではやっても意味がない。


 今世論の中で、小沢氏の民主党代表留任を説く声は必ずしも少なくない。しかし、そのような主張をする人々が、状況の打開のためにどうすべきという明確な方策を果たして有しているのだろうか。私にはそうは見えない。そしてそれこそが、憂慮の種なのである。


 こういう言い方はしたくないが、小沢氏はもし本当に政治家としてまた男として気概を持っているのなら、自ら世論の批判の矢面に立つべきである。例えば、各地で人が集まる駅頭に立って、選挙カーの上から演説をして、罵声でも何でも批判を浴びたらよいだろう。それこそが、今民主党が、反転攻勢に出るためになすべき最重要事項なのではなかろうか。