グルジア情勢のインパクト


 もとより私はグルジアに関しても国際問題一般に関しても基本的に不案内なので、以下に書くことは単なる一個人の雑記以上のものではない。という自明のことを一応断った上で書くと、今回のグルジアとロシアの武力衝突をめぐる各方面での様々な動きは、今回の一件の国際社会へのインパクトが、我々日本人が考えるよりも遥かに大きなものであることを示しているように思われる。


 そのことを思わせたのは、まず、首藤信彦という前衆議院議員のこのブログ記事である。詳しくは当の記事をご覧いただきたいが、何とフィンランドの人々が今回の出来事を注視しているのだという。つまり、グルジアの今回の南オセチアへの進攻(これはグルジアの立場からすれば国内の治安維持であり、ロシアの立場からすれば、ロシアが自ら受け持っているつもりの平和維持活動に対する妨害である――が、いずれにせよ、グルジア国内での出来事であるという点は注意を要する。つまり、グルジアの行動それ自体は、語の本来の意味では「侵略的」とまでは言えないのではないかと思われる)に対するロシアの反攻は、ロシアの膨張的(或いは、この場合には、「侵略的」と言ってよいだろう)傾向の現れであり、そのような傾向は、ロシアと国境を接するフィンランドにとっても決して他人事ではない、というわけである。


 フィンランドの人々のこのような観点は、いわゆるバルト3国(リトアニアエストニアラトビア)でも共有されているようである。


 さらに、ウクライナがロシアの黒海艦隊の移動に対して72時間前の事前通告を要求する措置を決めたという(紙媒体では朝日新聞にも記事が出ていたが、インターネット上では産経新聞のこの記事しか目にとまらなかった)。ウクライナとロシアの間で天然ガスの供給停止(2006年の年初)をめぐってもめ事があったのは記憶に新しく、明らかにウクライナも反ロシアの方向で国家運営を行なっていると言えるが(もちろん、ロシアの黒海艦隊が自国の港を使うのを認めているわけだから、全く反目してしまっているわけでもなかろうが)、そのウクライナのロシア離れがさらに進むのだろうか。目が離せないところではある。


 加えて、ポーランドアメリカの東欧でのミサイル防衛計画推進に協力的な姿勢を打ち出すようだというニュースもある(それを報じた毎日新聞の記事はこちら)。また、チェコミサイル防衛用のレーダーを設置するという計画もあるらしい。


 こういった事情の背後には、やはり資源問題があるという指摘がある。本ブログでも何度か紹介しているアメリカの独立系メディアDemocracy Now!のこの番組でそのあたりのことがわかりやすく説明されている(番組の会話の内容を文字で記した、いわゆるtranscriptも見られる)。英語ではわからんという向きには、今や朝日ニュースターで確か日本語版も見られるはずなので(但し有料)、そちらを参照されるがよいだろうとお勧めをしておく。この番組での識者の指摘によると、ロシアを経由せずにカスピ海から(グルジアなどを通って)地中海沿岸まで石油や天然ガスを運ぶパイプラインを通そうとするアメリカなどの動きに対して、ロシアは今回のグルジアへの攻撃によって、いつでもパイプラインを攻撃できるという自らの能力を示したのだという。また、アメリカは既にグルジアに対してmilitary instructorsを送るなどしており、相当額の軍事的支援を行なっているのだという(このあたりは、具体的な数字がないので、或いはやや割り引いて聞くべきなのかもしれない)。このあたりの問題については、マケイン(共和党)に比べてオバマ民主党)は実態把握ができていないのではないか、という懸念も述べられていた。


 ところで、肝心の現地の状況はどうなっているのか。朝日新聞の新しい記事によると「グルジア停戦合意が成立 ロシアが基本原則に署名」した、ということだが(リンクはこちら)、ロシア外相によると「ロシア軍撤退は追加的な安全保障措置が整ってからとなる」のだそうで、そのために必要となるであろう安保理決議の採択はこれからである。ロシア軍はまだ全然撤退していないと考えるべきだろうと思われる。


 一触即発の危険を抱えた生臭い国際政治が現に今展開していることを、そして様々な国がその当事者・関係者としてそれに参加していることを思う時、日本人がいかにその種の経験を欠いているか、また国際政治のそのような動きに対する感度を持ち合わせていないかを痛感させられる。こういう状況で、安全保障をめぐる大議論にうつつを抜かすことの現時点性(アクチュアリティー)のなさ(例えばビデオニュースのこの番組を参照)を、どうしたものだろうか。


追記(8月20日
 本文中で触れたポーランドミサイル防衛システム参加について、アメリカとポーランドの間で協定の調印が行なわれたようである。それを伝える朝日新聞の記事を以下に引用しておく。

MDの迎撃基地設置で協定 米とポーランドが調印
2008年8月20日20時0分


 【ベルリン=金井和之】ワルシャワ訪問中のライス米国務長官と、シコルスキ・ポーランド外相は20日、東欧に計画するミサイル防衛(MD)システムの迎撃ミサイル基地をポーランドに設置する協定に調印した。


 MD計画にはロシアが強く反発しており、グルジア情勢をめぐってあつれきが続く米国との緊張関係の一層の悪化が避けられない情勢だ。


 調印後の会見でライス氏は「MDは純粋な防衛であり、誰かに向けられたものではない。このシステムは21世紀の脅威への回答だ」と話した。米国は協定に基づき、迎撃ミサイル10基をポーランド北部に配備する一方、ポーランド軍の近代化や地対空誘導弾パトリオットミサイルの提供など、見返りを保証すると見られる。


 ポーランドのトゥスク首相は昨年の就任以来、カチンスキ前政権が推進したMD施設の受け入れに対し、慎重姿勢を貫いてきた。しかしロシアとグルジアの軍事衝突により、冷戦下に旧ソ連の影響下にあったポーランドは、ロシアの脅威を改めて実感。米国の保護の下に自国を位置づけることで、自国の安全保障を確立する道を選択することにした。