福田首相の能力不足と日本社会の人材不足


 日銀総裁選びをめぐる今回のごたごたから見えてきたのは、表題のようなことなのではなかろうか。


 まず福田首相の能力不足。これは実に目に余る。武藤氏の総裁起用には反対するというシグナルを民主党が前々から出していたにもかかわらず、ぐずぐずした挙句に(実際「ぐずぐずしていた」という言葉がぴったり来る)、よりによって武藤氏を担ぎ出し、否決されるとまたもや大蔵事務次官経験者を出してくる。そしてそれもまた否決されると、民主党の考えはわからないとのご託宣だが、こういう玉を出してくる御仁の考えのほうこそが、よほど理解できないと言わざるをえない。


 この件に限らず、端的に言って福田首相の能力不足には覆いがたいものがあると言わざるをえない。


 なお、言うまでもないが、総裁人事で候補を出す責任はあくまで政府・与党にあるわけで、民主党が名前を挙げないから今回総裁空席となったなどというのは、今回の混乱の理由の説明に全くなっていない。


 次に、今回首相ないし官邸がこれという総裁候補を担ぎ出せなかったことには、日本社会の人材不足という面がありはしないだろうか。新聞によると、財界人を総裁とするという話が当初あったようだが、職務の性格上、財界人なら誰でも良いなどというわけではもちろんないだろう。例えば、車づくりをしていた人に金融の総元締めが務まるかと言えば、そう簡単でないだろうことは容易に想像できる。


 しかしそれにしても、例えば銀行業界なら、自分たちの中の然るべき人名を候補者として挙げるぐらいのことはすべきではなかっただろうか。今回の日銀総裁選びの失敗は、例えば銀行業界の中に、国を代表できるような銀行家が育っていなかった(銀行屋しかいなかった)ことの現れなのではないか、と私には見えて仕方ない。かといって、総裁が務まるほどの識見を有する人物(例えば学者)がいるとも思えない。もちろん、日銀総裁は基本的に実務家であるべきであり、その意味からも学者総裁はあまり望ましくないのだろうが、それにしてもこれという人物は見当たらないと言わざるをえない。
(なお、インフレ目標論者の伊藤副総裁候補に民主党が不同意したのは正しかったと私は思う。インフレ目標論の場合に目安になるのは年率でインフレが2%を上回るか下回るかということだと以前聞いたことがあり、そして今の消費者物価指数大本営発表によればインフレ率はまだ2%より低いから、インフレ目標論者に言わせるとまだデフレが続いているということになるのかもしれない。が、果たしてくだんの大本営発表が正しいかどうかは、極めて疑問である。最近聞くのは値上げの話ばかりで、しかもその率たるや、1割アップなどというような話が珍しくない。日本は既にインフレ、より正確にはスタグフレーションに入っているのではなかろうか。)


 ところで、大蔵省(財務省)出身者を起用すべきでないとする民主党の方針については、私はこれを支持したいと思う。例えば、事務次官経験者が日銀(つまり中央銀行)の総裁になると、その下の人々が地方銀行のトップに天下りしやすくなるというような話があるようで、その真偽のほどはわからないが、ともあれ、天下りの慣行にくさびを打ち込むことは、今の日本にとって極めて重要だと思われるからである。もちろん、大蔵省・財務省出身者であっても人物によるという話はあろうが、しかし、こと今回の総裁選びの場合には、わかりやすさから言っても、原則を貫くのが良いのではないだろうか。


追記(3月21日)
 今回総裁代行を務めることとなった白川氏が記者会見で、「(総裁空席でも)日銀はいささかも影響を受ける組織ではない」と発言したそうである。出典である朝日新聞の記事はこちらのリンクから読める。この発言は、総裁選びをめぐる政治のごたごたを一蹴する言葉であり、その意気やよし(実際、総裁選びをめぐる混乱が市場に変な影響を及ぼさないようにという配慮から、この発言はなされたものなのだろう)。民主党の山岡国対委員長が「(白川総裁の)提示があれば、すぐに同意するんですけどね」と言ったとのこと(出典である朝日新聞の記事はこちら)。朝日新聞の人物紹介記事で見ても、白川氏はなかなかの硬骨漢のようである。案外、白川総裁代行→そのまま総裁へ横滑り、という線で良いのかもしれない。