ブッシュの暴言、そして安倍の歴史観の軽薄さ


 少し前の話題になるが、知的軽量級のブッシュ米大統領が戦前の日本を昨今のテロリストと同列になぞらえる演説を行なった。全文(英語)はこちらで見ることができる(これに関しては追記を参照)。また、記事としては次のようなものがある。
米大統領、戦前日本とアルカイダ同列視 歴史観に批判
日韓での「成功」例に、イラク対応を正当化 米大統領
言うまでもなく、演説の中でアメリカはと言えば、自由の闘士、解放の使者として描かれている。そういう単純な考え方しかしないから今アメリカがイラクで泥沼にはまり込んでいるのだということを、ブッシュは未だにわかっていないようである。


 この演説に対してベトナムでは外務省が不快感を表明したという。記事を引用しておくと

ブッシュ大統領発言、ベトナム外務省が不快感


 【バンコク支局】ハノイからの報道によると、ベトナム外務省報道官は23日、ブッシュ米大統領が「ベトナム戦争の米軍撤退はボートピープルや再教育キャンプという言葉を生んだ」とし、イラクへの関与継続を訴えたことに対し、「(戦争は)民衆にとって正義の戦いだった」と述べ、不快感を表明した。


 ベトナム戦争では、南北ベトナム将兵や民間人合わせて約300万人が死亡したとされる。報道官は、「民衆は独立と自由と、国家統一のために立ち上がった。戦争の傷跡は今も残っている」と語った。


(2007年8月24日0時44分 読売新聞)

 ベトナム外務省は独立不羈の姿勢が明確で、大変に結構な限りである。しかも彼らはアメリカとの戦争に勝利したのだから、その彼らが「(戦争は)民衆にとって正義の戦いだった」と言うのは筋が通っていると言えよう。


 これに対して我が日本はどうかというと、少なくとも私自身は、確かに日本は米国に負けることによって、より多くの自由を得たという理解に立っている(もちろん、日本人自身が自己改革によってそういう境地に到達できればなお良かっただろうが、残念ながら歴史上はそうはなっていない)ので、その点に関してはブッシュの演説を批判する気にはあまりならない(とはいえもちろん、批判すべき点がないわけではない。これについては追記を参照)。


 しかし、戦前の日本に対して思い入れの深い安倍首相やその他の右翼は、私の立場とは異なるだろう。であるなら、そういう人々にとってはブッシュの演説は神経を逆なでするようなものであるはずであり、当然彼らは、ベトナム外務省よろしくブッシュの演説に対して抗議の声を上げなければならないはずである。しかるに事態はどうか。なーんにも言っていないようである。安倍の歴史観は腑抜けも腑抜け、全くの見掛け倒しであり、自らの実存を賭けたものでは全くない、つまりとってつけたもののようである。否、とってつけたものでないのなら、安倍という人間自身がそれほどまでに軽薄な人間であるということを、今回の沈黙は示していると言ってよいのではあるまいか。


 それにつけても、議員の世襲は政治から駆逐されなければならない。


追記
 ブッシュのこの演説は不見識に満ちていると言ってよい。まず911を称してブッシュは「an enemy that attacked us on September the 11th, 2001, declared war on the United States of America」と言う。敵がアメリカに宣戦布告したと言うのである。もちろん事実は異なっていて、飛行機がビルに激突して大惨事がもたらされ(しかしこれは本来、アメリカの警察が担当するべき事件だろう)、それにかこつけてアメリカはアフガニスタンに対して一方的に宣戦布告し、軍事攻撃を行なった。これが事実であり、宣戦布告をしたのはアメリカの方(だけ)である。飛行機の激突とアフガニスタンとの関連、或いは当時アフガニスタンにいたとされるオサマ・ビンラディンとの関連が証明されているわけでは全くない。


 次の部分は面白いので、引用しておくことにする。

The enemy who attacked us despises freedom, and harbors resentment at the slights he believes America and Western nations have inflicted on his people. He fights to establish his rule over an entire region. And over time, he turns to a strategy of suicide attacks destined to create so much carnage that the American people will tire of the violence and give up the fight.


If this story sounds familiar, it is -- except for one thing. The enemy I have just described is not al Qaeda, and the attack is not 9/11, and the empire is not the radical caliphate envisioned by Osama bin Laden. Instead, what I've described is the war machine of Imperial Japan in the 1940s, its surprise attack on Pearl Harbor, and its attempt to impose its empire throughout East Asia.

 ここで注目すべきは、冒頭の「The enemy」を、続く文章が「he」で受けているのに対して、第2段落に出てくる「the war machine of Imperial Japan」と表現を受けているのは「its」だ、ということである。つまり、ブッシュは「The enemy」と言った時に明らかに特定の人間を念頭に置いている、と考えざるをえない。それは誰か。言うまでもなく、昭和天皇以外ではありえないだろう。東条英機が「his rule over an entire region」を確立しようとしたのでないことは明らかだから。米国の大統領が公の場で昭和天皇を我が国の敵だと言った、ということをここでは確認しておくことにする。私自身はこれをブッシュの不見識だとはあえて言うまいが(先の戦争について最も責任を負うべきは、私の考えによれば、当然昭和天皇だから)、安倍首相を始めとする日本の右翼はこれに対して何の反論もしないのだろうか。不思議ではある(この程度の英語が読めないわけでもあるまいに)。


 次の部分については、案外日本人の多くにも誤解があるかもしれない。しかし、この点こそがブッシュのイラク侵攻の最大の誤りとかかわっているだけに、見過ごしにするわけにはいかない。

In the aftermath of Japan's surrender, many thought it naive to help the Japanese transform themselves into a democracy.

 これではアメリカが日本に、それまで存在しなかった民主主義を植えつけたかのごとくだが、もちろん実際はそうではない。言うまでもなく、大日本帝国憲法は制限つきで臣民の権利を認めていたものであり、それが君主主権と人民主権のどちらを体現していたか、二者択一で答えることを迫られたなら、答えは「君主主権」となるだろう。しかしそれは極端な言い方であり、一応、大日本帝国憲法のもとでも日本は議会政治を有することができた。かつ、最初は富裕層に限られていた選挙権も、1925年には成年男子全員へと広がり、既に戦前には一種の二大政党制が存在していた。さらに、坂野潤治氏『昭和史の決定的瞬間』によれば、1930年代ですら、日本ではまだ議会政治が機能していたという(これが封殺されるようになるのは、1937年の日中戦争勃発以降だとのこと)。つまり、民主主義の観点から見て不完全な憲法のもとでも、日本人はそれなりに民主主義的実践(例えば普通選挙、例えば議会政治)を行なってきていたのであり(戦争中の数年間の狂気的な独裁体制の時代を除けば)、これなくしては戦後民主主義はありえなかったのである。全くの無地のところにアメリカが民主主義を植えつけたわけでは全くない。


 アメリカが攻撃したイラクにこのような条件があったのか。私が言うまでもなく、答えは否だろう。