日本の政治家たちの人間としての経験不足、他


 マル激トーク・オン・ディマンドを3回分まとめて見たので、感想をまとめて書いておくことにする。



 まず第331回(2007年08月03日)「データから見えてくる「やっぱり自民党は終わっていた」」については、要は絶対得票率に注目して系統的に分析するとこうなりますという話だろう。個々の分析の結論自体(2005年の総選挙では自民党は都市部の浮動層をつかんで大勝した、等)にはさほど目新しさはなかった。票の差がさほど大きくなくとも選挙結果に圧倒的な開きが出るというのは、今回の参院選に限らず2005年の総選挙でも言えることであり、実際既に言われていたことである。


 むしろ、最後の方で語られた今後の政治の見通しについて異論が残った。10年−30年のスパンで考えてという立場から、ゲスト氏は民主党がもっと経済団体などとの連携を強化することを模索するべきだというような趣旨のことを言っており、提灯持ちの宮台氏もこれに同調していたが、これはいかがなものか。自民党と同様に経団連などの経済団体との連携を模索するなら、その結果できあがるのは、言うまでもなく、第二自民党と言うべき代物である。そんなものに政治を任せるぐらいならまだしも自民党に政権を任せておいた方が良いということになりはしないだろうか。政権交代というのは、毛色の異なる二つの政党が政権をかわるがわる担ってこそ意味があるのである。民主党に必要なのはむしろ、今自民党がやっていること(大企業優遇・労働者軽視、大都市優遇・地方軽視)と異なる政策(一言で言えば、グローバル化に対抗する論理を築き上げることと言えるのかもしれない)をどうやって一層筋の通ったものにまとめあげていくかということではないだろうか(例えば、自民党加藤紘一氏の近著『強いリベラル』が提示しようとしているのは、まさにこういうものだと言ってよい)。こういうことは、政治家自身もさることながら、本来政治学者ないし社会学者が力量を発揮するべき分野ではないかと思われる。計量政治学者には無理かもしれないが、ともあれこの点に関する社会学者宮台氏の怠慢は既に以前に指摘したところである。



 次に第332回(2007年08月10日)「見えてきた裁判員制度の危うい実態」については、さしあたり私自身の関心は、私自身が裁判員にならないで済むかどうかという点に存する。職業裁判官が裁判を行なう現行の制度に対してさしたる不満を持っていない一方で、自分自身は決して他人を裁きたくないと思っている(だからこそ私は、憲法が保障する職業選択の自由を行使して、裁判官にならなかったのである・・・もちろん、司法試験を受ける等々の実際問題を度外視するとしての話だが)人間にとっては、その点が関心の対象となるのは当然と言えよう。


 この観点から見て思うに、裁判員になることを拒絶するのはどうも簡単でないようである。しかしどう考えても、他人を裁きたくないと思っている人間に裁判員をやらせるのは、思想の自由や職業選択の自由といった基本的人権を踏みにじる所業だと言わざるをえない。加えて、ゲストの保坂議員によると、裁判員制度に合わせるように「3日で済むよう」裁判の迅速化が進められつつあるとのことだが、一般人に裁判に参加してもらうという目的のために裁判の迅速化を図るというのは、どう見ても話が顚倒している。裁判において重要なのは一に正義、二に正義、三、四がなくて五に正義だと思われる。正義が実現するために必要な時間(証拠調べ、審理等)はかけなければならない。それを裁判員制度の導入が損なうのなら、そんな制度は導入しない方が良い。



 最後に第333回(2007年08月17日)「首相官邸で今何が起きているのか」については、私の感想は、今回の表題に書いたことで基本的に尽きている。特に安倍の経験不足は決定的・致命的のようである。他人の反論を許容できず、すぐに自らの意見を述べて相手をさえぎってしまうなど、全く以て肝っ玉の小さいへなちょこ坊ちゃん野郎だと言わざるをえない。安倍の即座の退陣こそが今の日本の政治にとって最もプラスであることを、改めて記しておきたいが、しかしその安倍を首相の座から引きずり下ろすことができない自民党の面々に至っては、お前らは揃いも揃って去勢されたのかと言いたくなる。実際、防衛相を女に任せてしまうことを容認するなど、安倍を始めとして連中は皆本当に去勢されてしまっているのかもしれない(外形的にはそうでないとしても)。


 上の第331回での話の最後の方で、いわゆる政権担当能力なるものとの関連で、民主党がすぐに政権を担うことはないだろうという話が述べられていた。しかし、今の自民党にいったい政権担当能力があるのか。この第333回のゲスト上杉氏の話が示しているのはまさに、「自民党には政権担当能力はない」ということなのではなかろうか。民主党が次の総選挙で政権を奪取することを目指すことに、そして政権を実際に奪取することに、何ら問題ないと私は思う。政権交代が訪れるのは早ければ早いほどよい。10年も待っていたなら、その間に自民党は再起不能になってしまい、今度は民主党の長期政権が続くなどという話になりかねはしまいか。それでは本当に困るのである。


 最後に、この第333回では萱野氏が3人目のコメンテーターとして出演していたが、はっきり言って不要だった。まだしも饒舌の宮台氏の方がましに見えた。萱野氏を起用するのなら宮台氏には休んでもらうべきであり、そして今の萱野氏の力量からするなら、氏は予めゲストに対する質問項目をまとめあげてから番組に望む必要があろう。そういう準備を十分にした場合にのみ、萱野氏は宮台氏に優る好コメンテーターとなる可能性があるように思われる。明らかに宮台氏は、何をどう質問して問題の全体像を浮かび上がらせようかなどといった点について、準備をしないからである。


 それにつけても、議員の世襲は政治から駆逐されなければならない。