地方政治と国政の関係

 周知のように、東京都知事選では浅野史郎氏の立候補の可能性が再び生じたというような報道が出てきている。既に昨年にこういう記事を書いている本ブログとしては、ぜひ浅野氏の出馬を実現してほしいし、またそれだけでなく都民の側でも氏を待望する動きがもっともっと出てくることを期待したい。また、本ブログでは最近、こういう記事も書いたが、しかし今の日本の地方首長選挙では、政党に所属しない候補者でなければ勝利は困難なようだから、仮に浅野氏が立候補する場合、民主党は勝手に応援するという形になるのだろう。そして、今回の選挙に関しては、それで良いのだろうし、そうなるほかないのだろう。


 ただ、原則論から言えば、本来地方の首長には国政の与党或いは野党の明確な支持を受けた候補者が当選するのが望ましいように思われる。日本では奇妙なことに、国政では大政党が、地方の首長選挙では無党派が、そして地方の議会選挙では与党の圧倒的多数が、それぞれ最も好まれるということになっているが、これは実におかしい。ここで、言うまでもなく、問題は、選ばれる候補者の側にではなく選ぶ有権者の側にある。


 特に地方の首長が無党派というのは全くおかしいのであって、なぜかと言えば、無党派の首長が当選すると、初当選の際には往々にして、その首長は議会と全面的に対立することになり、その結果、当の首長が選挙の時に約束したことが容易に実現できないことになるからである。それをいやがってか、そのような首長は2期目以降では複数政党からの推薦を受けることが多いようだが、そうなると今度はオール与党体制ができてしまう。2期目以降で政党からの推薦を受けないとしても、逆に言えばそれで2期続けて選挙に勝ってしまう無党派知事というのは侮れない存在だということになるだろうから、その面からやはり、結果的にオール与党体制のようなものが生じてしまうのではないだろうか。


 国政の対立を無理に地方に持ち込めとは言わないが、しかし地方の政治でも本来与党と野党の拮抗する対立関係があった方が、政治に緊張感が生まれるので望ましいと思われる。例えば都議会の様子を今やインターネット上で見ることができるが、そこでの議論のありようは国会以下だと言わざるをえない。地方選挙が数多く行なわれる今年は、我々有権者自身が地方政治への関与を考え直す年であるべきではないだろうか。


 付け加えれば、地方政治に緊張が欠けていることこそが、実は日本の国政レベルで政権交代が起こらないことの最大の理由なのではないかとすら、私には思えてならない。


 それにつけても、議員の世襲は政治から駆逐されなければならない。