当然なされるべき、極めてもっともな要求を掲げた訴訟


 と表題に書いたが、しかしながら極めて画期的な訴訟でもある。まずは朝日新聞の記事を引用しておく。

「8年半働いた 私は正社員」 派遣男性が三菱重工提訴
2009年1月13日21時0分


 兵庫県高砂市三菱重工業高砂製作所で約8年半働く派遣社員の圓山(まるやま)浩典さん(46)=同県加古川市=が13日、同社の正社員であることの確認を求める訴訟を神戸地裁姫路支部に起こした。圓山さんは偽装請負状態だった3年前に派遣に切り替えられたが、3月末に派遣期限が切れるために提訴に踏み切った。


 偽装請負問題を受けて派遣に切り替えられた非正規雇用の労働者をめぐっては、今春一斉に3年の派遣可能期間の満期となる「09年問題」を迎える。世界的な景気後退で多くの企業がこの節目に直接雇用せずに「派遣切り」するとみられ、圓山さんのような立場の人たちの間で同様の訴えが広がる可能性がある。


 訴状によると、圓山さんは00年5月、三菱重工と発電用ガスタービンを作る業務請負契約を結んだ鉄工会社(高砂市)の社員として高砂製作所で働き始めた。06年4月、製作所側から直接指示を受ける偽装請負状態から3年間の派遣契約に切り替えられた。今年3月末に契約期限を迎えるが、三菱重工側は「今後の雇用形態は検討中」と回答したという。


 圓山さん側は「三菱重工の指揮下で8年半にわたって働き、労働時間なども管理されていた」と指摘。働き始めた00年5月の時点で事実上の労働契約が成立しており、三菱重工は原告を正社員として直接雇用すべきだと主張している。


 同製作所は「訴状を見ていないのでコメントできない」としている。

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 我々は日ごろ、企業の脱法行為にあまりにも慣れすぎていないだろうか。すなわち、3年間継続して同一人を雇用すると、雇っている側の企業に、当の労働者に対して直接雇用(すなわち正規雇用)を申し込むべき義務が生じるからという理由で、企業側は同一人を最長でも2年11か月しか雇わず、その後はその同一人を雇う場合に契約の形態が変わって派遣になったりするという、例の脱法行為である。企業がこのようなやり方をしたことで、正規雇用の道を阻まれた人の数がどれほどあることか。想像もつかないが、現在期間労働者ないし派遣労働者として働いている人の相当数はこのようなケースに当たるのではあるまいか。


 上記記事において原告側がどのような理論構成をして訴えを起こしているのか、正確にはよくわからない。最初に雇用された時点で「事実上の労働契約が成立しており」と記事にあるので、今私が述べたような論理とはやや違うのかもしれない。しかしながら、いずれにせよ、企業側の脱法行為を衝いていることには変わりあるまい。そこが重要なのであって、当然ながら裁判所は、労働関係の法の本旨に照らして判断するべきである。


 すなわち、雇われているのが直接であれ、派遣会社を通した形つまり間接であれ、当の労働者が同じ職場で働いているのであれば、その労働者を実質的な意味で雇用しているのは、職場(作業場)を提供している会社自体である、という認定が行なわれるのでなければならない。そして、そのような同じ職場(作業場)で3年間働いたなら、その職場(作業場)を提供している会社(派遣会社ではない)には、当の労働者に対して、直接雇用(すなわち正規雇用)を申し込むべき義務が生じる、という認定がなされるべきである。司法が明らかにする法の正義によってこそ、企業の脱法行為が弾劾され、それに終止符が打たれるのでなければならない。今回の訴訟においては日本の司法の真価が試されている、と言ってよい。他人事ながら、原告側の勝訴を心から願うと言っておきたい。


 もしこの訴訟が原告側の勝訴に終わったとして、そしてそれが判例となったとして、どういうことが予想されるか。企業側は、切りやすい不安定雇用の確保(実に矛盾した言い方だが)を求めて、同一労働者を最長3年未満しか雇わないという挙に出るかもしれない。しかしこれに対しては、今度は政治が出る出番だと私は思う。すなわち、3年間経ったら直接雇用申し込みというその3年という期間を短くする、例えば1年とする、という法改正を行なうのである。実際問題として、同じ職場(作業場)の仕事を会得するのに1年もあれば充分だと思われるから(そもそも、以前には、直接雇用申し込みまでの期間は3年ではなく1年だったのではあるまいか)、このような法改正は合理的たりうる。さらに、半年にまで短くしてもよいかもしれない。要するに言いたいのは、人を雇うのならまっとうに雇え、ということである。


 しかし今の日本の企業、特にいわゆる輸出企業と呼ばれることの多い製造業の企業は、その多くが(すべてが、とは言わないが)人間軽視を当たり前にしてしまっているので、もしも直接雇用申し込みまでの期間が半年となったら、それら企業は本当に、鬼のごとくに、半年以下で働き手の首をすげかえる挙に及ぶかもしれない。しかしそのような暴挙に対しては、対応するべきはやはり政治であって、政治の努力によって、非正規雇用で雇われる労働者についても企業は正規雇用で雇う労働者に対するのと同待遇(福利厚生面での、また、雇用保険の保険料支払いなど)をしなければならないという、制度面での整備が図られるべきである(当然ながら、制度面の整備においては、国が行なうべき、また負担すべき部分もあろう)。既に国会では、今回の不況の中で、そのような制度整備の必要性が野党議員によって主張されているところであり、この話は決して空理空論なのではない。


 今の日本に直ちに必要なのは、少子高齢化に伴う労働者不足への対策ではなく、まず今現に労働者として働いている人々の立場・権利を守ることである。そのようにすることが企業に対して重荷になるという考え方は、全く間違っていると私は思う。いい加減な雇い方で人間扱いせずに人を働かせておいて、それでいて良質な労働を提供せよなどと当の労働者に要求することは、それこそ企業側の全く身勝手な言い分であり、そのような言い分は長期的に必ず破綻する。それはつまりMade in Japanの崩壊である。人間をまともに雇うことこそが、良質な労働を確保するための唯一の良策であるはずであり、それがこの国では常識となるのでなければならない。社会が労働者不足を問題にすべきはその後である。