うーん、マル激、ちょっとなあ・・・

 「マル激トーク・オン・ディマンド 第318回(2007年05月02日) 誰のための三角合併なのか」という、今回最新の番組のタイトルだけ見た時には、「最近のマル激は面白くない」というタイトルで一言書こうと思っていた。ところが、予想を良い方向に裏切ってくれて、今回の番組はそこそこ面白かったので、「面白くない」という断定はよしておくことにする。


 ただ、ケチをつけたくなるところはいろいろある。例えば今回の番組(第318回)で言えば、新渡戸稲造の『武士道』が、儒教・仏教・神道から成る日本の伝統的な倫理を説いているのだと言われると、ちょっと「?」である。というのも、それを言っている新渡戸氏ご本人はキリスト教徒なのだから。話の中で出ていた『代表的日本人』という本(西郷隆盛に対する肯定的な評価はこの本に由来するのではないかと思われる)を書いたのも、内村鑑三、もちろんキリスト教徒である。


 また、農業と観光が先進国の戦略的産業だという話も、具体的には輸出できる農業を目指せということだろうか。しかしそれだと、高付加価値産品の生産に特化してしまって、農業のもう一つの重要な機能である基礎的食料の量的確保という方が危うくなりはしないだろうか。観光についても、人が来ない理由ははっきりしていて、その理由すなわち金がかかる(宿泊費も交通費も高い)という問題は、それが解決できるぐらいならとっくに観光客は激増しているはずであり、そうならないからこそ問題があるということなのだろう。考え方を変えるくらいで解決するほど簡単な話ではないはずである。


 もう一つ気になったのは、宮台氏にせよ神保氏にせよ、ゲストへの質問を通じて、自分の言いたいことをゲストに言わせようとするかのごとき振る舞いが見られた点である。こういうのは見ていてあまり気持ちよいものではない。ゲストへのおべんちゃらを見て不愉快に思うのと同様に、である。


 さらに言えば、何週間か前にはアメリカ在住のゲストを呼んで、なんやかんや言ってもチャレンジができるアメリカは良い国だ、みたいな話になっていたのではなかったか。それと今回のとではだいぶ話が違う。もちろんゲストが違うから、違っていて良いとも言えなくはないが、マル激自体はいったいどっちを言いたいのだと思えてはくる。(と言っても、そのアメリカ在住のおばさんの話は、私には退屈だったため全部は見なかったから、あまり偉そうなことは言えないのだが。)


 ところで、今回もともと書こうと思っていた「最近のマル激は面白くない」という点、もし書くとすればどんな感じになったかだけは、一応書いておくことにしたい。一言で言えば、現在の情勢(actualities)への感度が鈍ってきているのではないか、というのが私の感想である。


 今の日本(特に日本の政治)において一番問題なのは何か。前回の本ブログの記事(5月2日)で書いたように、安倍政権が数を頼んで暴政の勢いを強めつつあるという点ではないかと私には思われる。安倍自身が首相として選挙の洗礼を受けたわけでないのに、つまり安倍自身は国民からの信任を受けて首相になったわけではないのに、与党の多数を笠に着て法案の強行採決を繰り返している。そして一番問題なのは、与党のそのような暴挙に対してマスコミを始めとして国民がさしたる反応を示しておらず、むしろそれを黙々と受け入れているかのごとくに見えることである。このような由々しき状況は、1度でなく数次に分けてさまざまな角度から分析をするに値する、深刻な状況であるように私には見える。例えばこういうことがどうして企画できないのだろうか。


 とりあえずこのくらいにしておいて、また何かあれば書き足すこととしたい。


追記
 トラックバック先で本記事へのコメントがあったので(いろいろオブラートにくるんではいるが、結論的に見て大変人を馬鹿にしたコメントだと言ってよい)、それについて一言書き足しておきたい。


 山崎養世氏が高速道路無料化論を唱えていることは先刻承知している。そして高速道路無料化が観光業にとって良い効果をもたらすであろうことも、考えるまでもなく自明である。私自身は、本ブログではこれまでそれに触れることはなかったかもしれないが、高速道路無料化論にもちろん賛成である。やれるものはやったらよい。


 ただ、それだけで果たして、例えば観光で宿泊費がかさむ(その最大の原因は、言うまでもなく人件費の高さにあるのだろう)ことまでも改善できるのかどうか。また、交通費の低減も、或る程度は期待できようが、目ざましいほどの改善が見られるかどうか(もちろんこのあたりは、やってみなければわからない部分もあるが)。社会科学的な知識を自慢するのであれば、自ら計算し、効果を具体的に数値で提示するべきだろう。数値で提示できない経済学的知識など、何の役にも立ちはしない。


 地方を振興するために必要なのは、より遠くとつながれるようになることもさることながら、むしろ地方自体で食べていけるようにすることである。ではどうやってやるか。名案などもちろんありはしないが、一つの手段として、公的部門を産業として捉え返すことが必要なのではあるまいか。例えば、国の研究所のようなものは地方に分散させるべきであり、また、官公庁の中で例えば農林水産省などは、農業が実際に行なわれている場の近く(新潟県とか)に立地するべきである(国会対応の問題があると言われるかもしれないが、むしろそういうところでこそ、情報の伝達が容易になった今日の高度な技術を用いて、遠隔地間のやりとりにて対応するべきだろう)。当然ながら国会も、東京から別の場所に移すべきである(例えば、昔話題になったと思うが、那須御用邸が近い福島県白河あたりなどどうだろうか)。もちろん、今挙げた例だけでは「産業としての公的部門」としてはなお貧弱だが、他に、大学を核にした学園都市という型での地域振興もやりようによっては大いに可能だろう(例えば、地方大学の医学部及び付属病院を核に、先進医療と福祉都市を謳った地域振興を目指すとか)。